15
その翌日。セシリアの姿は、コテージの裏にある林の中にあった。うっそうと生い茂る緑に囲まれ、彼女は足早に歩を進める。行先は決めていなかった。
(やっと撒けたみたいね……)
セシリアは背後を振り返りながら息をつく。彼女がこんなところにいる理由。それは、どこに行こうともついてこようとするオスカーを撒くためだった。
(図書室で本を読もうとしてもついてくるし、木陰で休んでいても隣座ってくるし、リーンやギルと話そうと思っても、ずっとそばにいるし!!)
セシリアが一歩でも場を動こうものなら、彼は『大丈夫か?』と言ってどこにでもついてこようとする。それはきっと病弱(設定)な彼女を慮っての行動なのだろうが、自分の顔を見られるわけにはいかないセシリアにとって、それは迷惑以外の何物でもなかった。
(セシルの時ならいいんだけどな……)
オスカーに悪気がないことがわかっていても、ため息をついてしまう。『お手洗いに行く』と言ってここまで逃げてきたので、今頃オスカーはコテージ付近を探しているかもしれない。それに対しては純粋に申し訳なく思っていた。
セシリアは林の中を進む。森と言うほどに木々は生えていないが、もう背後にコテージは見えなくなっていた。
(そういえば。結局、昨日は二人で何の話をしてたんだろう……)
思い出すのは部屋を出ていくリーンとギルバートの姿だ。あの後、部屋に帰ってきたリーンに何があったのかを聞いたのだが、結局彼女は『アンタが気にすることじゃないわよ』と言って答えてくれなかった。
(ギルも、今朝はなんか機嫌が悪かったしなぁ……)
何かに怒っているという感じではないが、表情はすぐれなかった。話しかけても、何か奥歯にものが挟まったような顔で、はっきりとはしなかった。
(ギルがリーンを呼び出してする話って……)
セシリアは首を捻る。しばらく思考を巡らせ、そしてはっと顔をはね上げた。
「も、もしかして! リーンに告白して振られたとか!?」
セシリアは叫びながら頭を抱える。
盲点だ。完全に盲点だった。リーンとヒューイが恋人同士になったのは周知の事実で、ギルバートも別になんてことない表情でいたので思い至らなかったが、彼は確かリーンのことが好きだったはずだ。なんせ、『ひとめぼれ』で『初恋』だ。
(ギル、表情に出ないからなぁ。あー、でも、そっかぁ。それならあの二人の反応も納得いくか……)
失恋したにしてはオスカーの反応も淡白だったし、もしかしたらこの世界の男性にとって『失恋を顔に出す』というのは恥ずかしいことなのかもしれない。
(でも、どうしよう。どうやって慰めてあげればいいのかな。それともそっとしとくべき?)
どうにかして慰めてあげたいが、義姉に慰められたって気持ちは晴れないかもしれない。昔から『失恋には、新しい恋』というが、他に女性を紹介してあげられるアテもない。
「私って、ほんと頼ってばかりだなぁ……」
肝心な時に何もできない義姉で、本当に申し訳ない。セシリアはわずかに肩を落とした。
「それにしても、ギルも大人になっちゃったんだなぁ。出会ったばかりのころは、こーんなに小さかったのに」
セシリアは自分の膝辺りまで手を伸ばす。そのころは自分だって同じような身長だったことは、頭の隅に置いておく。
「なんか、ちょっと寂しいなぁ」
子供の成長を見守る親というのは、常にこんな気持ちなのだろうか。だとしたらちょっと切ないものがある。
(あれ?)
その時、セシリアは足を止めた。そうして周りを見渡して、眉を寄せる。
(やば。ちょっとコテージから離れすぎたかな)
もしかしたら警備の範囲外かもしれない。セシリアは冷や汗を頬に滑らせる。
コテージの警備は同心円状に何重にも置かれており、外から部外者が入ってくるのを未然に防いでいる。しかし、厳重なのは一番内側の警備だけだ。外側の警備には比較的穴がある。といっても、何重もの警備なのですべての穴をつくのは相当運がないとできやしない。普通ならばモードレッドのように見つかってしまうのが定石なのだが……
(どうやら、私は相当運がいいのかもしれないわね)
ここに来るまで警備の人間とは鉢合わせしなかった。一番内側にいた警備の人間には声をかけられたが「ちょっとそこの花を摘んできたくて」と笑みを見せただけで通してもらえた。まぁ、当たり前だ。彼らの仕事は外部の者を内側に入れないことであり、内側の人間を外に出さないことではない。それに雇われている家の人間に意見できる者も少ないだろう。
(ここが警備の外だったら、ちょっと危ないわね。戻らないと……)
セシリアがそう踵を返したその時、「おい!」と鋭い声で呼び止められた。恐る恐る振り向くと、頭と肩に葉を乗せた青年がいる。しかも二人も。
一人はくすんだ茶色い髪の毛に、黒い瞳。身長はセシリアより少し高いぐらいで、胸板は薄く、ひょろりとしていた。見た目は別に悪くはないが、どこか偉そげだ。
もう一人の青年は、おかっぱで眼鏡をかけていた。身長は低く、小柄で。隣の彼と比べると、雰囲気がおどおどしている。
二人とも貴族の子供か良いところのお坊ちゃんだろう。着ている服がそれなりにいい。
(なんか、『ガキ大将と、金魚の糞』って感じね)
初対面にしては失礼な感想だが、まぎれもなくそういう風体の二人だった。
(でもこの二人、どこかで見たことがある気が……)
「お前、ここら辺に住んでいる奴か?」
「えっと……」
この一帯はシルビィ家の土地だが、誰かに貸し出したりはしていない。ここはバードウォッチングが好きな父親のために、保護区のような形で自然を残している場所である。
「まぁ。そうですが……」
本当のことをわざわざいう気にもなれず、セシリアは曖昧に頷いておいた。すると、ガキ大将は肩についた葉を払いながらこちらに近づいてくる。
「ここら辺にシルビィ家のコテージがあると聞いて来たんだが、道に迷ってしまってな。お前、知っているか?」
「まぁ……」
また曖昧に頷いた。あのコテージの存在は隠しているわけではないが公にはしていない。知っているのは限られた者たちだけだ。つまり、彼はその『限られた者』か『限られた者にアクション出来る存在』ということだ。
(つまり、嘘を言って無下に返すわけにはいかない相手ってことよね……)
両親の知り合いか親戚の子供だろうか。どちらにせよ、なんで今……と思わずにいられない。
ガキ大将は、これまた居丈高に顎でセシリアの背後を指した。
「それなら、案内しろ」
「え?」
「聞こえなかったのか? 案内しろと言ってるんだ、愚図女」
「……」
それが人にものを頼む態度だろうか。百歩譲ってセシリアが平民に見えていて彼が貴族であろうとも、その態度は失礼すぎる。彼の両親と家庭教師はいったい彼に何を教えているのだろうかと心配になるレベルだ。
セシリアは喉までせりあがってきた文句をぐっと飲み込む。そして、精いっぱいの笑みを浮かべた。ここで怒らせるのは得策じゃない。
「えっと。失礼ながら、どちら様でしょうか?」
「ティッキー・コールソンだ」
「……コールソン?」
「あぁ。公爵家である、
「ベルナール・ブルセ……です……」
胸を張るガキ大将ことティッキーの後ろで、おかっぱ眼鏡が力ない声で自己紹介をする。その瞬間、セシリアに衝撃が走った。
(ティ、ティッキーにベルナールって――!?)
二人とも『ヴルーヘル学院の神子姫3』に出てくるキャラクターである。そしてさらに、ティッキー・コールソンは、コールソン公爵家の次男。ギルバートの実の兄であった。
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