第二部
プロローグ
この世の恨みや辛みをすべて詰め込んだら、きっとこんな形をしているんだろう。
男は鏡に映った自分の表情を見ながら、冷静にそう思った。
暗い部屋を照らすのは青白い月の光だけ。殺風景な室内には生活感というのがまるでなく、男はただ一人鏡と向きあっていた。
高ぶるような憤りがあるわけではない。地を這うような悲しみも感じていない。ただ、息もできないような憎しみだけが、彼の胸を満たしていた。
「いなくなればいい。神子なんてものはすべていなくなればいい……」
『神子』も『神子候補』も、男にとっては等しく恨みを向ける対象だ。彼は本気で彼女たちがこの世から消えてなくなればいいと思っていた。
男は鏡の中の自分に語りかける。
「もう、いっそのこと自分で殺してしまおうか」
『ダメだ』
冷静な自分が心の中でそう答える。
ダメなのはわかっている。わかっているのだ。人を殺してはいけない。そんなもの幼子だって知っていることだ。けれど――……
「そうでもしないとあいつらは罪を償わない! 俺の人生を狂わしたあいつらは――」
一生のうのうと国に守られながら生きていく。
「そんなことを許してなるものか!!」
瞬間、頭の中でぷつりと何かが切れる音がした。
「そうだ。だからやっぱり殺さなければ!!」
そう口にすると、より一層想いは強くなる。
「そうだな。自分でやらなくては、誰も殺してはくれないんだ。そうだ、そうだ――っ!」
男は拳で鏡をたたき割った。耳を劈く音と共に拳が真っ赤に染まる。
拳から滴る血液を見ながら、男は頬を引き上げた。
「そうだ。殺してしまおう」
久しぶりの高揚感に、息が荒くなる。
「殺してしまおう! 殺してしまおう! 殺してしまおう!」
心が決まると、今までどうして行動に移さなかったのか不思議でたまらなくなる。
こんなにいい方法があったのに、どうして自分は躊躇していたのかろうか。
「あぁ、どうやって殺してやろうか」
男は恍惚に目を細めながら、未だ血の止まらい拳を見つめた。
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