【書籍化記念短編】オスカーの手紙


『拝啓

 木々の緑が目にしみる今日この頃、君はどう過ごしているだろうか?

 身体の弱い君が体調を崩していないか、それだけが心配だ。

 暑くなってきたとはいえ、まだ夜は冷える。

 身体に気を付けて、日々を過ごしてくれるよう願わずにはいられない。


 さて、先月送った手紙を読んでくれただろうか?

 いや、返信を急かしているわけではない。

 今回はその続きを書きたいと思っただけなんだ。

 最近知り会った、セシル・アドミナの話だ。

 君はもうずいぶんと前から知っているそうだね。本人から聞いた。

 身体が弱くて学院に通えない君のために、今日は共通の友人である彼の話をしたいと思う。

 これを読んで、君が学院生活を少しでも体験することができたら幸いだ。


 先ほど『セシル・アドミナの話』と書いたが、彼の話を書こうと思うと、書ききれないほどのエピソードが浮かんでくる。

 君も知っていると思うが、彼の周りではいつも騒動が絶えないからだ。

 だから今回は、数多あるエピソードの一つを語らせてもらえればと思う。


 あれは、つい一週間ほど前のことだ。

 男子寮の談話室で、君の義弟であるギルバートと、俺と、セシルと、ダンテの四人で、カードゲームをすることになったんだ。

 神経衰弱やババ抜き、ポーカーなどをやっただろうか。

 そこでわかったことなんだが、どうやらセシルは思っていることがまんま顔に出るタイプらしい。

 気を付けていればそうでもないようなのだが、今回のカードゲームでは手札が全部顔に出ていた。

 そういうことから、セシルは負けに負け。結局、ダンテの提案した罰ゲームをすることになったんだが。その罰ゲームというのがまた悪ふざけが過ぎていてな。

 女性もの制服を着るということになったんだ。

 しばらく着たくないと騒いでいたんだが、ダンテが「嫌ならここで無理やり脱がす」というようなことを言って、最終的にはおとなしく従っていたよ。


 女性もの制服を着たセシルは、まるで本当に女性のようだった。

 セシルには悪いが、本当に女顔だと思う。

 そういえばセシルの顔を見ていると、たまにものすごい既視感を覚えるんだが、なぜだろうか。彼と出会ったのは今年の四月だし、それ以前には出会っていないはずなのに、まるで何年も前から知っている顔のような……

 まぁ、ここで問いかけていてもわからないな。


 そんな感じでセシルは女装をしたわけだが、それが寮の男子生徒になかなかに好評でな。結局、俺とギルバートの提案で、すぐ脱ぐ羽目になった。

 あのままでは本当に襲われかねないと思ったからな。

 セシルは褒められてへらへらと笑ってばかりいたが、あいつは男の恐ろしさを知らないんだ。

 しかし、君に見せたら笑ってくれそうだから、写真におさめておけばよかったと、少し後悔した。

 断じて、俺が写真を持っておきたかったとか、そういう話じゃないぞ!

 ダンテはすぐそういう話にして人をからかいたがるから、本当に困る。


 さて、今回はこんなところだろうか。

 そうそう、夏休みに学院のみんなでシルビィ家の領地に遊びに行く話が持ち上がっている。

 ギルバートもいるぞ。

 大勢で押しかけるようなことはしないつもりだが、君も顔を出せたら顔を出してほしい。

 久しぶりに会えるのを楽しみにしている。


 では、身体に気を付けて――       敬具


                    オスカー・アベル・プロスペレ』



 紙を裂くような音がして、セシリアはノートに落としていた視線を上げた。

 目の前では何か手紙のようなものを破る義弟の姿。

「ギル、何してるの?」

「ん? 実家に届いた手紙で、いらないものを処分してるんだよ」

 ギルバートはいい笑顔でそう宣う。

 二人宛に届いた手紙は、基本的にギルバートに届くようになっていた。

 セシリアは興味津々で彼の目の前にある手紙の束を覗き見る。

「そうなんだ。私の分の手紙ってあった?」

「あったよ。……これ。侍女のマーサとカミルからだよ」

「わぁ! ありがと!」

 セシリアは嬉しそうな顔で二つの封筒を受け取った。

 その二人は、セシリアの世話を特にしていてくれた侍女たちだ。

 そしてセシリアは、彼の手元にある、破られた手紙に視線を向ける。

「その手紙は?」

「あぁ、これ?」

 ギルバートは手元の手紙をくしゃりと握りつぶす。

「月に一回の恒例行事かな」

「恒例行事?」

 セシリアは首をひねる。

「ここ何年も毎月、不幸の手紙を送ってくる人がいるんだよ」

「うわぁ。そんな陰険な人もいるんだ……」

「陰険さで言ったら、俺も負けてないけどね」

「ギルバートが陰険? どこが?」

「わからないならいいよ」

 ギルバートは苦笑いを浮かべながら、ゴミと化した手紙を鞄にしまった。

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