エピローグ

(なんで、こんなことになったかなぁ……)

 誘拐事件から数日後、セシリアは廊下を歩きながらため息をついた。

 廊下ですれ違う生徒は、男も女も関係なく、皆好奇の目でセシリアのことを見ていた。女生徒は頬を染め、男子生徒からは尊敬と嫉妬の入り混じった目を向けられていた。

 それもそのはずだ、なぜかセシリアは単体でハイマートを潰したことになっていたのだ。

 本当は生き残ったマーリンがちゃんと組織を解体しただけなのだが、そう発表するわけにもいかない。

 それならば演習で潰したことにすれば良いのだが、それも難しかった。

 演習はあくまで演習であり、訓練なのだ。それも新米兵士の演習に実地を選んだとなれば、色々と問題が起こる。

 それぞれの思惑が重なって、セシルが一人でことを解決したという筋書きが、一番角が立たないという結果になったのだ。

「私は何もしてないのに……」

「でも実際、セシルがマーリンを助けてくれたから、ハイマートは無事潰れたわけだし。いいんじゃない?」

 いつの間にか隣を歩いていたダンテがそう言い、セシリアは飛び上がった。

「びっくりするから気配を消さないでよ!」

「あはは。ごめん、ごめん」

 ダンテはいつもと変わらない様子で笑う。

「結局、ハイマートの人たちってどうなったの? 演習で捕まった人がいたって聞いたけど」

「あぁ。あれは、全員マーリンを裏切った奴らだよ。元々のメンバーはマーリンと一緒にいるよ。あそこは仲がいいからね」

 ハイマートは元々、ダンテやマーリンのように天涯孤独になった者たちが仕事をするために集まった組織だった。最初は集団で護衛などの仕事をしていたらしいのだが、次第に依頼を受けて、人買いや悪どい商売をして人を苦しめる者たちを殺す集団になったそうだ。

 なので、立ち上げ当初のメンバーは同じ組織に所属する人間というより、家族という感じが強い。

「というか、マーリンからの申し出、本当に断ってもよかったの?」

「いや、私には荷が重すぎるというか……」

 マーリンはあれから再び組織を立ち上げた。組織といっても立ち上げ初期のメンバーで、少数精鋭の隠密組織を組んだのだ。そして、その最初の主人にならないかとセシリアは誘われたのだ。

 少数精鋭といっても十数人が所属する隠密組織をバックにつける。

 それはもう公爵令嬢というより、どこかの王家か、世を裏で牛耳る悪の帝王のようだった。

 しかも、その手腕は折り紙つきである。

 普通ならば二つ返事で了承するところを、セシリアは丁重にお断りした。

 物騒すぎる、というのがその理由だ。

 セシリアはのんびりのほほんと生きていければいいだけなのである。

 マーリンはしばらくの間渋っていたらしいのだが、最終的には了承してくれたらしい。

「ま、恩は必ず返す人だから、何があってもセシル優先で動いてくれるだろうけどね。ちょっと規模の大きなボディガードだと思ってくれればいいのに」

「ははは……」

 そんな大げさなボディガードはいらない。

 セシリアとダンテは並んで歩く。

 食堂に入ったところで、席に座っていたリーンが立ち上がり二人に向かって手を上げた。

「セシル様! ダンテ様!」

 リーンの周りにはギルバートとオスカー、ジェイドに先日リーンの恋人に昇格したヒューイの姿もある。

 今日はみんなで試験勉強をする予定なのだ。

 セシリアはリーンの隣に腰かけた。そして、そっと耳打ちをする。

「喋り方そのままなの?」

「うん! 意外にキマってるでしょ」

「キマってるというか……」

 本性を知ってるセシリアからしてみれば違和感しかない。しかも彼女はセシルの正体を知ってもなお、セシルをモデルにした小説を書いているのだ。当然、セシルが攻である。

 彼女曰く、『顔の綺麗な一見受けっぽい男性がガンガン相手を翻弄するのが好き』なのだそうだ。

 前世も今世も彼女のことはよくわからない。

 ノートを開きながらギルバートは笑う。

「試験が無事終わったら夏休みだよ。セシル、頑張ってね」

「が、頑張る!」

「お前は実家に帰るんだよな? 夏休みの間に、ちゃんとセシリアを紹介しろよ」

「えぇ!? オスカー、うちに来る気!?」

「お前の家じゃない。セシリアの屋敷だ」

「そ、そうだよね……」

 セシリアの頬に冷や汗が流れる。

 オスカーは鈍感だが、さすがに今のセシリアの姿を見たら、セシルの正体に気がついてしまうだろう。

「それならわたしも行きたいですわ!」

 リーンが半笑いで手をあげる。この面白いイベントに乗らない手はないと思ったのかもしれない。

「オスカーが行くなら俺も!」

「リーンが行くなら」

「公爵邸って一度行ってみたかったんだよね」

 ダンテ、ヒューイ、ジェイドの順に手が上がる。

 セシリアの顔は青くなった。このままでは優雅にのんびりと過ごす予定だった夏休みがなくなってしまう。

 なんとかこの企画を止められないかと、セシリアは考えを巡らせる。

 しかし、セシリアとギルバート以外のメンバーはどうやってセシリアの屋敷に行くかで盛り上がっていた。こうなれば、もう絶望的だ。

「このままじゃ、せっかくの夏休みが……」

「ま、その前にセシルは試験勉強なんとかしないとね」

「え?」

 ギルバートの声にセシリアは顔を上げた。

「そこ、問の④以外全部間違ってるよ。」

「マジで?」

「マジで」

 とりあえず、夏休みのことは夏休みに考えるしかないらしい。

 セシリアはペンの尻で頭をかいた。

 もうすぐ、困難が山積みの楽しい楽しい夏休みが来る。


END

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