37
「セシル!」
「姉さん!」
その声が聞こえたのは、それからすぐのことだった。
目を開ければ、月明かりを背負ったギルバートが青い顔でのぞき込んでいる。
「ギル……?」
「大丈夫!?」
(月が見えるってことは……外……?)
動かない頭で状況を理解しようとする。
セシリアがいた場所は外ではなかった。まだ武器庫の中である。けれど、先ほどまで目の前にあった壁は、なぜか全部瓦礫と化していた。落ちている壁の断面はまるで剣で切ったかのよう。
「ギルバート、セシルを運べ! このまま強行突破するぞ!」
声のした方を見れば、オスカーの後ろ姿があった。その手には宝具の剣がある。
セシリアはそのままなすすべもなくギルバートに抱き上げられた。
「セシル! しっかりして!!」
隣を走るのはジェイドだ。彼の宝具で身体を被えば、誰の目にも映らなくなる。
「オスカー様! こっちの方が敵が少ないですわ!」
「わかった」
そんなやりとりが聞こえて、リーンがいるのも理解した。「何も心配しなくて大丈夫だから。ゆっくり寝ていて」
ギルバートが間近で微笑む。
その声は、心配を通り越してどこか泣きそうだった。
言葉に甘えるようにまぶたを閉じる。すると先ほどとは違った意味で意識がゆっくりと落ちていった。
..◆◇◆
「セシル、俺に何か言うことは?」
「一人で暴走して、本当にすみませんでした……」
ヴルーヘル学園の保健室のベッドの上で、セシリアはそう言って頭を下げた。
ギルバートは顔面に恐ろしい笑顔を貼り付けたままベッドの隣で仁王立ちになっている。
部屋の主であるモードレッドは校長に事の次第を話しに行っており、その場にはいなかった。いるのはセシリアとギルバート、オスカー、そしていつもよりおとなしい様子のリーンである。
「まぁ、そう怒ってやるな。無事だったんだから良いだろう?」
そう助け船を出したのは彼の後ろにいたオスカーだった。ギルバートは振り返る。
「殿下は甘すぎるんです! セシルは一度ガツンと怒られるぐらいがちょうど良いんです!!」
「お前が慌てすぎなんだ。助け出すときも勢い余ってセシルのことを『姉さん』と呼ぶし……」
「いやまぁ、あれは……」
頬を引きつらせながら固まる。
ギルバートがそういうミスをするというのは珍しかった。普段は言い間違えなんてミス、絶対にしない。
(きっと、それぐらい心配してくれたって事なんだろうな……)
そう思ったら、すごく申し訳なくなった。
セシリアの下がった頭を撫でたのは、オスカーだった。
「ま、ギルバートの言うことも一理ある。本当に無茶はするな。肝が冷えたぞ」
「うん」
「お前にはまだセシリアを紹介してもらってないんだからな! 勝手にいなくなられては困る!」
「なにそれ」
オスカーの冗談に、セシリアは笑った。
つられて、オスカーの顔も緩む。
確かめるように頬を撫でられ、その暖かさに少し緊張した。
「オスカー?」
「ん。ちゃんと生きてるな」
「あ、当たり前だろ!」
「だぁああぁ!」
近づいた二人の距離をギルバートが裂く。そして、オスカーに詰め寄った。
「そういうのを! そういうのを! 狙ってやるわけじゃないから、たちが悪いんですよ、貴方はっ!!」
「何を怒ってるんだ?」
「意識したら何もできない王子様のくせにっ!」
「……何かよくわからんが、貶されてることだけはわかったぞ」
始まったいつものやりとりに、セシリアはベッドの上で苦笑いを浮かべた。
セシリアが保健室で目を覚ましたときには、すべてが終わっていた。
ギルバートから聞いた顛末はこうである。
セシリアが拐われてすぐ、ギルバートたちは新人の演習と称して彼女を助けに行ったのだが、行ったときにはもう古城には火がついていた。
逃走するハイマートの連中は連れてきた兵に任せ、四人はセシリアを助けに向かおうとするが、どこにいるかまではわからない。
そんなときに、一人の女性を背負ったダンテと遭遇した。彼は四人にセシリアの場所と、武器庫で起こった事を話してくれたのだという。
そのときにダンテの正体は本人の口からオスカーに知られてしまったらしい。
そのことを思い出し、セシリアはうつむいた。
「そういえばオスカー。ダンテのこと……その……」
「何を辛気くさい顔をしてるんだ?」
「だって……」
ゲームの中のオスカーはダンテの正体を知った時、すごく落ち込んでいた。
もちろん今の彼もそうなのだろうと思い、心配したのだが、彼はそんなセシリアの気持ちを考慮することなくからりとこう言った。
「俺は知っていたぞ」
「へ?」
「ダンテの正体なんて、最初から全部知っていたと言ったんだ。知った上でアイツの芝居に付き合っていた」
「えぇ!?」
「正気ですか? 自分のことを殺そうとしていた相手ですよ!?」
たまらずギルバートも声を上げた。
オスカーの様子は変わらない。
「本人にその気がないのは明白だったからな」
腕を組むその様子は本当に傷ついていないように見えた。
(何がどうなって……)
ゲームの中でのオスカーはまさに孤高の王子様だった。いつも冷静沈着で、居丈高。誰も寄せ付けない雰囲気があったし、ヒロインのリーン以外は誰にも興味がなさそうだった。
しかし、実際のオスカーは偉そうだが威張ってはいないし、どちらかと言えば気さくだ。
セシルのような男爵家の連中とは関わりたくないというのがゲームのオスカーで、どんな身分だろうと変わらず接してくれるのが今のオスカーである。
(もしかしたら、ゲームのオスカーはダンテのこともあまり興味がなかったのかもしれないな……)
セシリアはそう考えた。
それに比べて今のオスカーは周りにいる人間に興味を示している。だからダンテの違和感にも早い段階で気がついて、自ら調べたのかもしれなかった。
そんなことを考えていると、保健室の扉が遠慮がちに叩かれた。セシリアが「はーい」と応えると、ジェイドが顔をのぞかせる。
「あ、セシル! 起きてたんだね」
「うん。このたびは心配をかけました」
「うんん。僕はただついて行っただけだから。お礼は主に動いてくれた二人に、ね?」
あ、そうそう。とジェイドはギルバートとオスカーに視線を送る。
「殿下、ギル。お偉いさんが二人のことを呼んでるよ。今回の演習についての報告がほしいんだって」
「わかった」
「今、行きます」
二人は戸の方へ歩いて行く。
そして、見送るセシリアの方を振り返った。
「くれぐれも無理はしないようにね」
「後からまた見に来る」
「じゃぁね」
三者三様の反応を見せ、三人は扉の奥に消えてしまった。
残されたのはリーンとセシリアの二人である。
部屋の隅に座る彼女は、セシリアが拐われた責任を感じているのか、いつになく静かだった。
「リーン? 大丈夫? どこも怪我してない?」
セシリアが声をかければ、リーンは顔を上げる。その顔を見て、なぜか急に懐かしさがこみ上げてきた。
リーンはにっこりと笑う。
発した声は思った以上に元気だった。
「大丈夫よ。ひよのが守ってくれたおかげね」
「守ったって言ってもさ。結局捕まったんだから、情けないよねー」
「そんなことないわよ。あの時のひよの。すっごくかっこよかったわよ! 痺れちゃった!」
「え、そう? そんなに褒められると……ん?」
やっとの事で、違和感にぶち当たる。
(え? 今リーン、私のこと『ひよの』って……)
青い顔でリーンを見れば、彼女はニコニコとどこか楽しそうだった。
その表情にもやはり見覚えがある。今世でではない。前世で見覚えがあるのだ。
セシリアはリーンを手で制した。
「えっと、ちょっと待って。いま状況理解してるから……」
「まさかひよのがセシリアで転生していて、しかも男装してるだなんて思わなかったわよー」
「ちょっと待ってって!」
声が大きくなる。
リーンはそんなセシリアにひるむことなく、終始笑っている。相当に機嫌が良さそうだ。
リーンは人差し指を立てた。
「さて、そんな貴女に問題です。私の前世は誰でしょうか?」
「もう絶対に一華ちゃんじゃん!!」
「あはは! せいかぁい」
笑いながら、リーンは両手でピースしてみせる。そういうひょうきんなところは相変わらずだ。
「嘘でしょ……」
時間も次元も世界さえも超えた親友との再会にセシリアは引きつった声を上げた。
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