35



 四人が話し合いをしている時、セシリアは廊下を進んでいた。時折すれ違う人もいたが、黙って堂々と歩いていれば、意外にも注目されることもなかった。組織が大きい分、個人的なつながりもさほど濃くはないのだろう。

(武器庫、武器庫……)

 怪しまれない程度に左右を確かめながら進む。

(あれっぽいな)

 古城の一階。最奥にその部屋はあった。部屋と言うよりは倉庫という様相の方が強いだろうか。その部屋だけ明らかに周りの装飾が簡素だった。

 セシリアは警戒しながらソコに向かう。幸いなことに鍵はかかっていなかった。

 身を滑り込ませ、釣り差上がっていたカンテラに明かりをつければ、部屋の中の様子が明らかになる。

「ビンゴ!」

 中には武器があった。壁にはいくつもの剣が掛かっており、その下には盾。短剣、ボウガン、銃火器辺りも豊富だった。

 甲冑や大砲は暗殺者集団らしくないので、元城主の置き土産だろうか。

 縦長の室内は先が見えないほどに広かった。

 奥の方は使われていないのか、手前側に持ち運びのしやすそうな物が並んでいた。セシリアはその中の短剣を手に取る。

「本物ってあんまり扱ったことないけど、大丈夫かしら」

 訓練ではいつも模造刀だった。大きさも重さも似せてあるとはいえ、実際に使うとなったら勝手が違うだろう。だからといって、模造刀を持ち出すわけにもいかないのだが……

 短剣をホルダーごと腰のベルトにつけたそのときだった。いきなり背後の扉が開き、見知った人物が顔をのぞかせた。

 セシリアは隠れる間もなくその人物と鉢合わせしてしまう。

「お前は……」

 そこにいたのはマーリンだった。さすが首領といったところか。彼女は部下全員の顔を覚えているようで、セシリアを見て、目を丸くしていた。

 セシリアは思わず蹈鞴を踏む。どうしたら良いのかわからず、とりあえず先ほど腰につけた短剣に手を這わせれば、彼女は他に人を呼ぶこともなく、後ろ手で扉を閉めた。

 そして、呆れたような声を出す。

「まさか、自分からあの牢屋を脱出するとはね」

 敵対行動を見せない彼女に、セシリアは距離を取りつつも、短剣から手を離した。

「公爵令嬢って言うから、もっとおしとやかな子だと思っていたよ」

 そのまま近くにあった空箱の上に座るマーリンを見て、セシリアは頭に疑問符を浮かべた。

「……あの、捕まえないんですか?」

「捕まえてどうするんだい。そもそも、明日の朝になったらこっそり逃がしてやろうと思っていたのにさ」

「え?」

「公爵家に喧嘩売って何になるんだよ。私はまだ命が惜しいからねぇ」

 こともなさげにそう言って、マーリンは足をぶらつかせた。

「でもさっき……」

「あんな物はポーズだよ。この組織も大きくなっちゃったからね。いろいろとめんどくさいことを言う輩がいるんだよ。組織を抜けたら報復だ! やら、何をしてでも金を稼ぐべきだ! やら。今では勝手に山賊のまねごとをしてる奴らもいるぐらいだよ。この間は三人も締め上げたさ」

 肩を鳴らしながら、マーリンは苦笑を漏らした。

 先ほどまでの彼女とはまるで別人のようである。

「規模が大きくなるのはだめだねぇ。最初は悪人だけを殺す、義賊の暗殺者を目標にしていたのに、今では金を積んでもらえれば誰でも殺す、暗殺者集団に成り下がっちゃったんだからさ」

 セシリアは何も言えないまま、マーリンの話を聞いていた。

 やっていたことはあれだが、根が悪い人間という訳ではないらしい。

「だから、ダンテが抜けたのは良いきっかけだったんだよ。アイツがうちの稼ぎ頭だったからね。それに、アイツの幸せを願うなら、こんなところに留めておくべきじゃない」

 その顔は弟を心配する姉のようだった。

 実際に二人はそんな関係だったのかもしれない。ゲームで詳しくは描かれなかったが、あのダンテが何の理由もなしに誰かの下にずっといるのはおかしいような気がした。

「だから、この機会に組織を解体しようと思った矢先、お前が来たんだよ」

「私?」

「そう。前々から馬鹿な幹部らが貴族を拐って身代金を取ろうとか言っていてね。それに、ダンテへの報復も重なって今回の事件だよ。ま、身代金ビジネスに反対していた私への強行的な反対という意味合いもあったんだろうけどね」

 どうやら、ハイマートも一枚岩ではないらしい。彼女の口から語られる話からは、彼女に敵対している奴らがいるようにも聞こえた。

 マーリンは空き箱から立ち上がる。軽く尻を叩くとセシリアに向き直った。

「ま。ごちゃごちゃ言ったけど、私は最初からアンタを逃がす気でいたんだよ。さすがに自力で逃げてくるとは思わなかったけど。武器庫に来たのも、明日お前に渡す武器を選びに来たんだからね。丸腰だと何かと不便かと思ってさ」

「そう、なんですね」

 おずおずと頷いた。完全に信用したわけではないが、彼女が嘘をつく理由もない。

 マーリンはセシリアの腰の短剣に目を向けた。

「ま、もう選んでるなら話は早いね。……ついておいで。この際だ、学園まで送るよ」

「あ、はい」

 マーリンが先頭を切り、扉に手をかける。しかし――

「あれ?」

「どうしたんですか?」

「扉が開かない」

 彼女はそのまま何度かドアノブをガチャガチャと鳴らした。

 そうこうしているうちに、扉の隙間から灰色の煙がゆっくりと侵入してくる。扉に手を当ててみれば、ほんのりと温かかった。

「しくじったね」

 そう固い声を出したマーリンの輪郭に、冷や汗が伝う。

 焦ったような表情で下唇を噛みしめ、彼女はセシリアに向かって声を上げた。

「そこどいてな!」

 セシリアはいわれた通りに身体を横にずらす。次の瞬間、マーリンが扉に体当たりした。

 けたたましい音とともに扉は蝶番ごと外れ、外側に倒れた。

「どうやら、ハメられたようだ」

 廊下には火と煙が充満していた。煌々とした炎はカーテンや木の部分に燃え広がっている。

 セシリアの背筋は凍った。

「これは!?」

「火事というか、放火だろうね。手に余る物同士まとめて処分しようという腹だろう」

「……つまり?」

 マーリンは要領を得ないとばかりに首をひねるセシリアの鼻をつまんだ。

「アンタを拐ってきたのは手違いで、よく考えたら怖くなってきたから、私と一緒に消そうって事」

「えぇ!?」

 セシリアはひっくり返った声を上げる。

「ここで私がアンタと一緒に死ねば、罪を全部私になすりつけることができるし、うまくいけば組織ごと乗っ取れるからね。馬鹿が考えそうなことだよ」

「首領!」

 炎の向こうで、彼女の部下らしき男が叫んだ。助けに来たいようだが、炎と煙に邪魔されてこれないらしい。

 マーリンは出口の方を指さした。

「アンタたちは先に逃げな! 私も後で追う!!」

「でも!」

「早くしな!!」

「……わかりました! ご無事で!」

「アンタらもね!」

 マーリンは部下にとって良い上司なのだろう。彼らは悔しげな表情で目の前を通り過ぎていった。

「さてどうするかね。アンタと私を蒸し焼きにするために火がつけられてるね。こりゃ武器庫までつけられたか」

 さすがに彼女も焦っているようだった。

 二階に続く階段も目の前の廊下も火がつけられている。窓は炎の奥なので、窓から逃げることも叶わない。

 武器庫の奥に行けばまだ火から逃げられるだろうが、行く先は行き止まりだ。せいぜい時間稼ぎぐらいにしかならないだろう。

「アンタ大丈夫かい? 顔が真っ青だよ」

 そう指摘されて、初めて自分が震えていることに気がついた。死の危険にさらされているのだから怖いのは当たり前だが、彼女の恐怖は別のところから来る物のように感じた。

 歯が鳴り、身体がこわばる。あまりの恐怖に全身から冷や汗が吹き出した。

 セシリアはやっとの思いで頷く。

「……大丈夫です」

「そうは見えないけどね。ま、とりあえずこっちの道はまだ行けそうだから、一緒に行くよ」

「はい」

 そうマーリンについて行こうとしたとき、けたたましい音を立てながらセシリアの上に柱が落ちてきた。

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