紙とペンと妖怪

居間正三

押し入れに潜む妖怪

 ぼくの部屋の押し入れには、変なものが潜んでいます。

 なぜなら、夜中にがさごそと中から物音がしていて、朝起きると、いつも少しだけ戸が開いているのから。戸の中を覗いても、畳んである予備の布団があるだけで、後はからっぽです。

 ぼくが寝ぼけて開けたのかとも思いましたが、それにしては毎日欠かさずこうなっているのはおかしい。それに、寝相ねぞうには自信があるのです。


 きっと、お化けです。

 

 お父さんいわく、このお家は古い屋敷をリフォームしたものだそうなので、「お化けがでるかもよ~」と、笑いながら言っていました。

 流石はお父さん。冗談ではなく本当でした。すごい怖い。

 何せ、本やテレビのお話の中ならまだしも、目と鼻の先で起きているのです。でも部屋を変えたいと思っても、子供部屋はここしかありません。お母さんに助けを求めても、「気のせいよ」と軽くあしらわれてしまいます。「高学年になってまで何言ってるのよ」と叱られることもあります。

 それでもめげずに何度もお母さんに話した結果、呆れたように、


「そんなに気になるなら、そのお化けさんと仲良くなっちゃえば?」


 目からうろこでした。なるほど、それはいいかもしれません。思えば、毎日物音がして戸が動くだけで、害はないのです。

 案外優しいお化けさんであることを信じて、ぼくは部屋に戻りました。押し入れを開けて、呼びかけます。


「おーい、お化けさん、出ておいでよう」

「一緒におしゃべりしませんかー」

「早く出てこないと食べちゃうぞー」

「……やっぱり食べないから、ぼくのことも食べないでねーっ」


 うんともすんとも言いません。静かな闇に向かって、ぼくの声が響くだけです。

 そこで、賢いぼくは考えました。名案が浮かんだのです。


(お手紙なら、読んでくれるかな?)


 姿を見せないお化けさんは、きっと恥ずかしがり屋さんのでしょう。

 なら、お手紙ならば、返事を書いてくれるかもしれません。

 早速学校のいらないプリントの裏に、鉛筆で書き始めます。


『こんにちは。もしかしたら、こんばんは。

 ぼくの名前は、辺見神助へんみじんすけといいます。

 もしよろしければ、ぼくと一緒におしゃべりしませんか?

 紙とペンを置いておくので、余白に何かを書いてくれるとうれしいです。

 お返事、待ってます。』


「これでよし」


 満足のいく内容です。押し入れの中にさっきの手紙と鉛筆を入れて、準備はできました。後は返事を待つだけです。来るかな? 来ないかな?


「やった!」


 翌日の朝、ぼくは思わずガッツポーズをしてしまいました。

 プリントの裏の余白部分には、


『どこで』


 と、短くも確かな文字で書かれているのです。

 念願のお返事です。すぐに別のプリントの裏に、こちらの返事を書きました。そして、翌日の朝には別の内容が書かれていました。こうして、ぼくと、見えないし名も知らないお化けさんとの文通が始まりまったのです。


『お返事ありがとうございます。あなたと、この部屋でおしゃべりしたいです』

『いじめない?』

『はい。お化けさんこそ、ぼくをいじめませんか?』

『うん。じゃあ、今日の夜、電気を豆電球にしておいて』


 当日の夜、言われたとおり、ぼくの部屋は豆電球の明かりで染まっていました。どこもかしこも、何とも言えない薄暗い橙色で染まっています。

 ベッドの上に座って今か今かと待っていると、急に、押し入れの中で音がしました。じっと目を凝らします。

 すると戸が開き、そこから黒い影のようなものが床を這うようにスススッと伸びてきました。やがてそれが集まって丸い塊となり、姿を変え、ぼくと同い年くらいの女の子の形になりました。とはいっても、全身が闇でできているようで、表情どころか服や髪があるのかすらも分かりません。

 思っていたお化けさんの姿ではありませんでした。

 想像していたのは、足がなくて白い服装の幽霊さん。でも目の前にいるのは、足もあるし全身が真っ黒の、ナニカです。


 ぼくは、驚きました。

 でも大きな声で叫ばなかったのは、その子が丁寧に頭を下げてお辞儀をしたからです。それからベッドの上に上がって正座しました。

 優しそうな態度に安心して、とりあえず挨拶をしました。


「こ、こんばんわ」

「……」


 声は聞こえませんでした。緊張してのどが渇いているのかと思い、一度部屋を出てキッチンに向かい、冷蔵庫からペットボトルのお茶を持ってきました。


「どうぞ」


 差し出しましたが、女の子は首を横に振りました。どうも、口がないようなのです。押し入れの中にしゃべりかけても返答がない理由は、これでした。

 ならばと、紙とペンを差し出します。ビンゴでした。女の子はペンを手に取って、筆談を始めたのです。


『こんばんわ』

「こんばんわっ。ね、お化けさんは……」

『ちがうよ。私はお化けじゃなくて、妖怪。影女かげおんな、っていうの』


 わお。この子はお化けじゃなくて、まさかまさかの妖怪さんでした。影女……、河童や鬼は知っていますが、それは聞いたことがないです。

 正直に知らないことを話すと、影女さんはコクリと頷いてから、じっくりと分かりやすく文字で教えてくれました。

 それによると、影女さんは闇の中に入り込んで生活する存在なのだそうです。そして夜間、色々な闇の中をめぐっているうちに、この家に入り込み、ぼくの部屋の押し入れの中が気に入ったのだそうです。


『昼間は眠る時間だから、ここで寝てたの』

「そうなんだ。でも、夜中は何をしてたの?」

『お散歩。ちょっとお出かけしてた。朝陽が上ったら帰る』

「だから夜中に音がして、戸が少し開いていたんだね」

『閉めたはずなんだけれどなあ』


 謎がすべて解けました。ぼくは嬉しくて、他にもたくさんお話しました。しりとりもして遊びました。とても楽しかったです。


 ある日、お母さんにそのことを伝えました。


「お母さん、ありがとう。幽霊さん、じゃなくて、妖怪さんとお話できたよ」

「……今、何て?」


 お母さんは目を吊り上げて、すごくおっかない顔をしていました。何度も「冗談よね?」と問い詰められましたが、本気で感謝しているので、「本当だよ」と言いました。

 しばらくするとお母さんは、なぜだか悲しい顔になりました。

 次の休日、お父さんとお母さんはたくさんお話をしていました。イマジナリーフレンド、カウンセリング、精神科、お祓い、などなど。どれもこれも、ぼくが学校で習っていない、意味が分からない単語ばかりです。

 ただ二人は難しい顔をしていて、緊張しているような、焦っているような、とても嫌な感じでした。

 最後には、


「ジン君、引っ越ししましょう」


 これにはぼくも反対しました。前はお化けさんが怖くてすぐにでも引っ越ししたかったけれど、今はもう妖怪さんとは仲良し。今日の夜も、お話する約束なのです。でも、お父さんとお母さんの都合には逆らえません。


 豆電球の室内のベッドの上で、ぼくは影女さんに、そのことを伝えました。


『悲しい。もっとジン君とお話したい』


 ぼくも同じ気持ちでした。だからぼくは、意を決して言ったのです。


「次のお家に、来てくれませんか」

『いいの?』

「ただ、影女さんがよければ、ですが」

『いい。この押し入れも捨てがたいけれど、ジン君とお話できる方がいい』

 

 私は妖怪だから、もしも人間と会っても怖がられるか、いじめられるだけかと思ってた。一人で寂しい時も、我慢することしかできなかった。

 だから、こんな風に人間と関わりあえる日が来るなんて思ってもみなかったんだ。言葉も話せない妖怪の私と、友達になってくれて、ありがとう。

 

 影女さんは、片手でぼくの手を強く握りしめ、もう片方の手で字を書き、たくさん思いのたけをつづってくれました。

 声がなくても、想いは伝わります。涙があふれそうになりました。

 じっとこらえて、さらに、


「でもそうすると、影女さんの寝るところがなくなっちゃうね」

『次の家の押し入れでもいいよ』

「……あのさ、よかったら、これは本当によかったらなんだけれど」


 しつこく念押ししました。これは、ぼくのワガママ。昼間も一緒にいたいだなんて、影女さんにとっては迷惑なのかもしれません。

 でも、


『なあに?』

に、おいでよ」



 ――それから二十年の月日が流れ、「ぼく」が自然と「私」になった頃。


 寝室の机で読書をしていた私は、ドアをノックする音に気付いた。

 本を閉じて立ち上がり、ドアを開く。


文香ふみかか。どうしたんだい、もう寝る時間だろう」

「お父さん、今日、一緒に寝てもいい?」


 枕を抱きしめる娘の姿は実に愛らしい。しかし、気になるのはその理由だ。最近は風呂に誘っても「やっ!」と拒絶するようになったというのに。

 

「怖い夢でも見たのかい」

「違うの、夢じゃないの。さっきお部屋のクローゼットから物音がしたの。しかも、少しだけ開いたの。嘘じゃないよ。ホントだよっ」


 私は心当たりがあり、後ろを向いて、先ほどまで座っていた机の下の暗い空間に目をやった。椅子にうまく隠れて娘には見えないようにして、黒い塊がうずくまっている。それが手の形になり、拳を握り、親指を上に立てた。

 何がグッドなんだか分からない。聞いてみるか。


「そこのベッドでちょっと待っててくれるかな。本を片付けないと」

「早くねー」


 娘は枕をベッドに投げ、もぞもぞと掛布団に入っていった。私はメモ用紙をちぎり、『なんでそんなことを』と書き、机の下に落とした。音を立てないようにペンも置いた。


『友達に、なりたくて』


 黒い手が書いた文字は、予想通りであった。ずいぶん積極的になったものだ。

 ただ、いきなりその姿を見せれば、やんちゃな盛りな娘とて困惑するだろう。ここは友人のために、娘のために、私、いいやぼくが一肌脱ぐべきか。


「文香。寝る前に、ちょっとお話をしてあげよう」

「どんなのー?」

「これは、少年と妖怪の――」


 ぼくだけが知っていて、今から文香も知ることになる、

 紙とペンと、友達の物語。

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紙とペンと妖怪 居間正三 @imasyouzou

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