神様の使いっ走り
橘花やよい
神様の使いっ走り
僕は神への生贄だ。
村を救うためにどうか頼むと村人たちに懇願されて、別にどうでもいいやと生贄になった。
僕が捧げられたのは、山奥の古ぼけた、それでもどこか威厳をもった社だった。
――お前、こんなところで何をしているの。
地面に引きずるほど長い銀色の髪。女なのか男なのか分からない出で立ち。自分とは全く違う、無意識にひれ伏してしまいたくなるほどに清く澄んだ瞳。
あの日、僕は神様に会った。
「神様、そんなところで寝ないでください」
「縁側はとても暖かいの。お前もこちらにおいでよ」
「僕は掃除に洗濯に、忙しいのです。ほら、どいてください。そこも掃除しますから」
雑巾を片手に迫ると、神様はむうと口をとがらせて寝返りをうった。柔らかい絹糸のような髪が無造作に散らばる。さあほらと再びせかせば、ようやく神様は上体を起こした。
「お前は真面目ね。掃除なんてしなくとも、ここに穢れなんてないのに」
「それはそうなんですが」
男にも、女にもみえる美しい顔が僕を見つめた。そっと目をそらす。
神様はため息を吐きながら、長い銀髪を引きずって奥の間へと進んでいった。
僕は神様のいた場所に雑巾をかける。
ここは神様が過ごす場所。特別な異界にある。
空気が澄んでいて、僕のような人間には肌をピリピリと指すほどだ。御殿は果てしなく続いていて、どれだけの部屋数があるのか僕には分からない。庭には四季折々の木々や草花が生えている。
この場所は、本当は神様の言うように掃除なんて必要ない。どこを拭いたところで埃も塵も、一つも出てこない。だってこの世で一番清らかな神様がいる場所なのだ。穢れなんてどこにもない。
それでも僕は、ただの人間だから。人間としての習慣で、毎日掃除をしないと落ち着かない。
神様はそんな僕を「仕様がない子ね」と笑う。
「ねえ、掃除よりも裁縫をして。もうこの服飽いた」
奥の間から間延びした声がかかる。僕は雑巾をおいて、神様のところに向った。
「またですか。その服つい最近見繕ったばかりですよ」
「だって飽いたのだから仕様がないじゃない」
「分かりました。お次はどんなものに?」
「朱色がいい。今日梅の花が咲いたんだ」
神様はすっと視線を庭へと走らせた。たしかにそこには梅の木があり、小ぶりな花が赤く染まっている。
「綺麗だろう」
「ええ、そうですね」
「神様の方が綺麗だよ、とか気の利いたことは言えないのか」
「神様の方が綺麗ですよ」
「気持ちがこもってない」
「うるさいです。ほら、ちゃんと新しい服は見繕いますから静かにしててください」
僕が見繕いのための布を用意しだすと、神様は満足そうにして、また縁側へと出ていった。木をみて、花を愛でるのだろう。
僕がここで神様の使いっ走りをするようになって随分と四季が廻った。
僕が生贄になって捧げられた日、神様は僕を見つけた。
――お前、手先は器用か。
神様はそう問いかけながら、すぐに「まあ何でもいいから一度やらせてみるか」と自己完結した。呆然とする僕に言い渡された仕事が、新しい服を作れというものだった。
「私はとても身だしなみに気を使う神だから」
神様の口癖だった。
服にはとにかく拘りがある。面倒くさいほどに。それに飽き性だ。すぐ新しい服がほしいという。
でも、それだけ身だしなみを整えてすることと言えば、縁側での昼寝だ。
幸い僕は手先が器用なことが自慢だった。神様が望むような服を作って喜ばれ、それ依頼ずっと神様の服を作り続けている。というより、神様の細々とした命令をきく、使いっ走りとして奔走している。
朱色の衣を鋏でざくざくと裁断した。ここにきて、僕の裁縫能力は格段に上がっていることだけは確かだろう。
朱色とあう色の組み合わせはなんだろう。神様はあんなだけど、見た目は美しいのだ。神様の服を作るのは結構楽しい。
外から神様の声がした。
「こちらににおいで」
「なんですか。今、貴方の頼みで服を作ろうとしているのに」
「それは一旦いいのだ。とにかくこちらに」
いいのか。貴方が頼んできたことだろうに。
神様はいつだって気まぐれだ。
そんな神様の言うことをきく僕も僕だけど。
「何なんですか、これでしょうもないことだったら起こりますよ」
「神である私に怒るだなんて罰当たりなことをするものじゃないぞ。それよりほら、見てみろ」
神様は空を指さす。
空には真っ白な龍がいた。一瞬雲とも見紛うような、とても大きな龍が、気持ちよさそうに空を泳いでいる。龍が通った後にはきらきらと光りの筋ができていた。
「私の友だ。たまにこの場所を通って私の様子を眺めて去っていくのだ。何千年に一度しかないことなのだぞ。お前にも見せてやろうと思ってな」
「はあ。ありがとうございます」
「うむ。お前と一緒に見られてよかった」
神様は目を細めて僕を見つめた。
僕はまたどきりとして目を逸らす。
上に目を走らせて、龍を見た。きらきらしていて、とても綺麗だ。
「さあ、友もみたことだし、お前は先程の続きをするがいい」
神様はあははと笑った。
神様は僕の背中を押して再び裁縫へと向かわせる。とても慌ただしい。でもこんな神様にももう慣れた。いっそ、この騒々しさが心地よいとも思う。言えば調子に乗るだろうから黙っているけど。
僕は生贄だ。
そして神様の使いっ走りだ。
神様の使いっ走り 橘花やよい @yayoi326
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