スマホ投げるよ?(怒)

月波結

スマホ投げるよ?(怒)

「ねーねー翔ちゃん」

 嫁のマナミが、座っているオレの背中に甘えてもたれかかる。


「なんだよぉ、何かあんの?」

「……冷たいなぁ。今、忙しい?」

「忙しい」

 大変忙しいのでつっけんどんな態度をとる。目で見ればわかるはずだ。今はゲームのレベリング中。結婚してからレベリングの時間がなかなか取れないのだ。


「つれないなぁ。つき合ってるときにはもっとマナミに優しかったよ? 目の前でゲームとかしなかったしさぁ」

「マナミの見てないところでしてたんだよ。24時間一緒にいたら、いやでも目の前でゲームする時間があるだろ?」

「せっかく結婚したのにー」

 つれない、と言いながらマナミもスマホを取り出す。




 マナミが最近、遊んでるのはイケメンたちが集まるアイドル養成学校に突然、転校した女子を主人公にしたゲームだ。


 いわゆる乙女ゲー。

 ゲーム性の欠片もない。選択肢を間違えても好感度の上げ幅が下がるだけで、決してマイナスにはならないという。

 しかも最近、「フルボイス♪」とか言いながらイヤフォンをつけてゲームしている。イケボであることが重要な要素らしい。




「マナミ」

「……」

「マーナーミ!」

 きゃっ、とかわいい声を上げてマナミはスマホから顔を上げた。

「もー、ひどいなぁ! せっかく今、推しのボイスが入ったのにー」


「……どれ? 推し」

「えっ?」

「だーかーら、推しってどいつよ」

 えー、翔ちゃんには言えないよぉ、と照れた顔をしてスマホに視線を移す。くっそ、まだ推しと戯れるつもりか?


「乙女ゲーってよく知んないからさ。ほら、『どきどき★メモリアル』のみーちゃんみたいにパーフェクトなキャラとかいんのかなって思ってさ」

「あー……。『どきどき★メモリアル』ね。一時期、翔ちゃんがちょーハマってたやつ」

「いや、別にあれは攻略が楽しいんであって、浮気? みたいなのじゃないぞ?」


 マナミははっきりジト目になり、明らかに不機嫌そうだ。


「『どきどき★メモリアル』は良くて、なんでわたしの乙女ゲーには批判的なわけ? 大体、わたしのやってるのは推しを推すだけで、攻略とかないの。好感度上げてイベント起こすだけなの。そうするとボイスが増えたりするの。そーいうの、わかる?」


「いや、あの、その……」

 ボイス増やすためにやってんのかよ。

 何だか自分の声に自信がなくなって、咳払いをしてしまう。


「翔ちゃんだって、『みーちゃん』の新しいイベ見たとか見ないとか盛り上がってたじゃん」

「まぁ、そうかも……な」

 ゲームのし過ぎで怒られていたはずなのに、気がつけば形勢逆転だ。なんで責められてる、オレ?




 マナミは外してたイヤフォンを再びつけて、スマホをタップし続ける。

 あのイヤフォンの向こうからはたくさんの男の声が聞こえてるってことだよな……。フツーに腹立たしくなる。


「マナミ」

「なに?」

「マーナーミ!」

 イヤフォンを片方だけ外して、マナミはふり向いた。


「だから、何?」

「今日は買い物とか行かなくていいの? オレ、車出すよ」

「別にない」

 いやいやいや、即拒否とかやめようよ。


「んー、じゃあさ、服見に行かない? 土日は安いんでしょ?」

「間に合ってるよ。……翔ちゃんはゲームの続きしてなよ。わたし、今、イベントの順位上げてるとこなの。翔ちゃんがさっきの続きしてたらちょうどいいでしょ? ひと段落ついたらご飯の支度するし」


 さっきのマナミを見習って、背中からゆるく抱きしめる?

「推し、こいつ……?」

「えっ? なんで? なんでわかったの?」

 赤くなりやがって。

「いや、なんとなく? (さっきからずっとマイページの画像こいつだし)」


 スマホをタップする指が止まる。

「勘違い、しないでね。推しは推しだけど、……翔ちゃんとは別だから」

「別なの?」

「別だよ……」

 そのままマナミはオレの胸の中にそっと倒れ込んだ。


「ねぇ?」

「ん?」

 丸い瞳が甘えてオレをみつめる。こんな顔をされるとたまらない。


「今日はさぁ、わたしもゲームやめるから……」

「うん」

「ゲーム禁止にしよ?」

 右手の人差し指で鼻の頭をツンとつつかれる。なかなか上手い作戦だ。


 しかし。

 今日は8時からソシャゲにインする約束してるしなぁ。8時ちょうどにインするのは、平日だとなかなか難しいから期待されてんだけどなぁ。


「……ダメなの?」

「んー。ああ、そうだね……」

「ダメなんだ」

「いや、ほら、ご飯でも食べに行かない? 食べ終わるまではスマホいじらないよ」


「……投げるよ」

 投げる? 穏便ではない言葉に驚く。今まで一度もこんなに怒ったことは無いのに。

 マナミはオレのスマホを握りしめて腕を振り上げた。


「いや、投げたらいかんでしょ。電話帳はクラウドに上がってるからいいけどさ、ほら、いろいろ引き継ぎしないといけないのあるでしょ?」

「関係ない」

「いやー、マナミさん。わかった、わかったから、5分だけ! 5分だけ貸して」


 こうなっては仕方がない。

 引き継ぎコードは大抵控えてあるんだけど、中にはコードをスクショしたものもあるからなぁ。スマホが壊れたら全部おじゃんだ。


 ソシャゲの掲示板に書き込む。

『嫁が切れたので、今日はインできません。ごめん!』

 ネットの向こうのお友達、ごめん!




「何、着ていこうかなぁ? 翔ちゃーん、あそこの十字路の先に美味しい洋食屋さんできたんだって。そこに行かない?」

「……高くないの?」

「たまには少しはね。翔ちゃんはこの間わたしがバレンタインに買ってきたシャツ着て行きなよー。きっと似合うと思うんだよね、あの色」


 女って言うのは不可解な生き物だ。

 さっきまであんなに怒ってたのにもうお出かけモードだ。

 でもま、そんなとこがかわいいか。


「あのねー、さっきゲームする前に言いたかったのはね」

「ああ」

 そう言えば何か言いたげだったっけ。


「今週はホワイトデーあるから、一緒に出かけたいって言いたかったんだよ、ほんとは」

「あ! ホワイトデーか」

「結婚してから初めてのホワイトデーだし。少しはロマンティックに、ね?」

 あわてて着替えて車のエンジンをかけた。




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スマホ投げるよ?(怒) 月波結 @musubi-me

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