探偵・朝日出茜は告られたい

ゐか

探偵・朝日出茜は告らせたい

 その一言は、いささか唐突に発せられた。


「君。いつになったら、私に告白してくれるのかね?」


 放課後。探偵部部室にて。

 いつものように席に座って読書を嗜む探偵部部長・朝日出茜あさひで あかねが、妙に艶かしい上目遣いで僕に訊いてきた。


「……ふぇ?」


 思わず変な声が出てしまった。

 いや、だって、まさか、そんな……告白? 好きだ、とか、そういう感じの?

 いや、待て。 僕は早とちりしているのかもしれない。告白は告白でも、まだ何の告白なのかは分からない。貴様の秘密を告白しろ、とか、そういうのかもしれない。

 けど、部長の顔は見たことないくらい真っ赤で……まるで好きな人に告白する前の女の子みたいで……。


「だから……君はいつ、私に告白してくれるのかね?」


 茜部長は立ち上がって、僕に顔を寄せる。互いの吐息が感じられるくらい、近かった。


「こ……告白……。それって、好きです、とか、そういうタイプの告白ですか?」

「うん」


 茜部長はこくりと肯く。

 やや茶色く見える黒色の瞳は、まっすぐに僕を捉えている。僕は思わず視線を逸らした。


「私は君のことが好きだ。そのことに、君はもう気づいているのだろう? 私の助手になってから、すでに半年近く経っているのだからね」


 初耳学だった……。

 というか、部長……それはもうすでに、僕に対する告白じゃないですか?


「なのに、君は一向に私に告白してこない。おかしいのだよ」


 不思議そうに首を傾げる茜部長。何がおかしいのかはこれっぽっちも分からない。


「あの……部長。お言葉ですけど、告白って普通……好きだと思っている人がするものじゃないですかね」

「そんな一足す一は二みたいなことは分かっている」

「でしたら……その……」

「君は私のことが好きじゃないの?」

「……ふぇ?」


 急に少女みたいな口調で茜部長が訊いてきたので、僕はもう心臓が止まりそうになった。

 茜部長は不安そうな瞳で、まじまじと僕を見つめている。


「そ、その……」


 ……確かに、茜部長は美人だ。控えめにいって美少女……いや、天使かな……。

 けれど……僕が探偵部に入ったのは、探偵としての茜部長を尊敬していたから。何か下心があったわけじゃない。それだけはほんとうだ。

 だから、僕はどう応えればいいのか、分からなかった。


「……分かった」


 沈黙の果てに、茜部長は一人納得したように肯いた。


「では、こうしよう。次の依頼で、私は推理を披露する。その推理に君が納得したのなら、私に告白したまえ」

「……ふぇ?」


 これまた唐突な発言に、僕はただ立ち尽くすことしかできない。


「ちょうど、一つ依頼があったんだ。依頼人は屋上で待っている。急ごうか、助手君」








 ✳︎







 確かに、男子生徒が一人、曇天の屋上に佇んでいた。只野人ただの ひと。僕と同じ高校一年生。ちなみに茜部長は二年生だ。


「遅くなって申し訳ないです」


 茜部長は風に揺られる黒い長髪を片手で抑えつつ、もう一方の手で只野と握手した。


「いえ、この度は依頼を引き受けてくださり、ありがとうございます」


 只野は恭しく頭を下げた。その瞳は暗く澱んでいる。


 ここで、彼の依頼を以下に要約する。


 姿を消した彼女を探して欲しい、というのが只野の依頼だ。


 話によると、只野と付き合っていた少女──九家月くげ らいとは、この屋上で突然、姿を消したらしい。

 消えたのは昨日の放課後。只野は久家に告白するために、彼女を屋上に連れ出した。そして、無事に告白を済まし、あろうことか只野は彼女にキスをした……その瞬間、彼女は消えてしまったらしい。


「確かに、九家さんは消えたのですね?」


 茜部長の質問に、只野は肯いて応える。


「はい……。昨日の放課後、ここで月に口付けをした瞬間……ふわっと、月は消えてしまいました。まるで、霧になって溶けてしまったかのように……」

「その時の彼女の様子に、何かおかしな点は?」

「……特に思い当たることは」

「そうですか」


「ふむむ……」茜部長は考え込む。


 人が突然、姿を消す……そんなことは絶対にありえない。屋上には隠れる場所なんてないし、飛び降りたとすれば、誰か目撃者がいるはずだ。今のところ、から九家を見たと言う人物はいない。


「……では、キスをしたとき、貴方はどうしていましたか?」

「えっ」

「彼女を見つめながら、キスをしたのですか?」


 茜部長の問いかけに只野は戸惑いつつも、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「えっと……いえ、確か、目を瞑っていたと思います」

「その他、思い出せることは?」

「……」

「彼女が、ふわっと……霧のように消えた、そのときのことです」

「……体の奥底が暖かくなるような、温もりを感じました」

「そうですか」


 茜部長は、こくりと肯いた。「分かりました」


「……えっ」只野が驚きの声を上げる。

「九家さんがなぜ突然姿を消したのか、分かりました」

「もう? 本当ですか?」

「ええ。今から説明します」


 茜部長はそう言って、薄い唇を舐めた。

 曇天が裂け、茜色の光が彼女の周りを照らす。神秘的な光景だった。


「これです」

「……は?」


 僕と只野はほぼ同時に声を上げた。


「彼女を消したのは、これです。……分かりませんか? 光──いいえ、日光ですよ」


 天を指差して、茜部長は言葉を継ぐ。


「貴方は口付けをしたとき、温もりを感じたと言いましたね。その正体は、日光です。貴方たちが口付けをした瞬間、空を覆っていた雲が裂け、屋上に日光が降り注いだのです」

「確かに、そうだったかもしれませんが……それと月が消えたのと、どういう関係があるのですか?」

「九家さんは、ハーフでしたよね?」

「……そうですけど」

「なら、簡単です。九家さんは非常に病弱で、体育の授業どころか、休み時間も一切外に出ず、屋内で生活していた。さらに、たとえ冬であっても、外に出るときは日傘を差し、決して窓際の席には座ろうとしなかった。そうですよね、助手君?」


 急に話を振られた僕は「……え、そ、そうですが」と曖昧に肯いた。


 確かに、九家は日光を避けていた。彼女は異国のお姫様のような白い肌をしていて、多分それは全く日光に触れていなかったからだろう。


「もう、お分かりでしょう? 九家さんは、吸血鬼だったのです。故に、日光に触れ、消滅した」

「……え?」


 只野は更に目を見開いた。驚きすぎて、もう瞳はまん丸だ。


「ご存知でしょう? 吸血鬼は日光に触れると、灰になって消滅するのです」

「……」

「何よりも、彼女が吸血鬼であるという事実は、彼女自身の名前が最も明確に指し示しています。九家月……一見するとハーフの名前のようには見えませんが、読み方を変えてみてください。きゅうつき──そう、きゅうけつき。彼女の名前こそが、彼女が吸血鬼であるという証です」


「そ、そんな……」


 全てを知った只野は、その場に崩れ落ちた。ボロボロと、涙を流し始める。


「おそらく、彼女にはこうなることは分かっていた。けれど、断らなかった。人間世界に、吸血鬼が溶け込むことなんて不可能です。いつかは、バレてしまう。そうなれば、待っているのは死です。そうなる前に、彼女は望んだのでしょう──愛する人と口付けを交わし、そして、愛する人に抱かれて死ぬことを……」

「ぼ、僕のせいで……僕が屋上なんかに連れて行ったから……」

「貴方は何も悪くない。むしろ、彼女は幸せだったのではないですか? 愛する貴方と、最期を共にして」


「ああ……らいと……、らいとーーーーーーーーーーーーーー」


 只野の慟哭が、曇天の空に虚しく響いた。







 ✳︎







「茜部長……」


 部室に戻った僕たち。

 僕は茜部長の背中に問いかけた。


「あの推理……」

「君も私を責めるのかい?」


 茜部長は振り返る。その瞳にどんな感情が宿っているのか、僕には分からない……。


「……いえ」


 茜部長の推理は全て出鱈目だった。

 なぜなら──、


 あの日……一ヶ月前のに、九家月は、からだ。

 彼女は吸血鬼などではなく、なのだ。


「只野くんが見ていた九家さんは、全て彼の妄想だよ」


 独りでに、茜部長が言葉を紡ぐ。


「おそらく、愛する彼女の死を認められなかったのだろう。だから、妄想の彼女を自分の中に作り出した。しかし……どんな夢も、いつかは覚めてしまう。やがて現実と折り合いがつかなくなった彼の妄想は、破綻寸前にまで追い込まれた。それでも、彼は彼女を愛していたかった。だから……彼は彼女に愛を告げ、それと同時に彼女は消えた」

「……」

「彼にとって、最善の結末を用意した。それが私の仕事だよ。あのまま彼が真実を知ってしまえば、もう立ち直ることはできなかっただろう。結末は変えることはできない。だが、その過程ならば……せめて、救いを求めたっていいだろう」



 茜部長の言葉が、僕の心に突き刺さっていく。


 僕は、僕は……。



「さて、元の問いかけに戻ろう。──それでも君は、私に告白するかね?」

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