第26話 最初優しげなやつ、だいたい悪いやつ。

 俺は金髪をおぶった状態でそのまま屋上へと飛び、無事に金髪を他の生存者たちの元へと送り届けた。


「山本さんっ!?」

「おーうみんな無事みたいだな」


 まさか俺が外側から飛んでやって来るとは思っていなかったのだろう。まあ当たり前か。

 屋上にいたタカシくんたちが駆け寄ってくる。

「すみませんこいつも頼みますわ」

 そう言って俺は金髪を下に降ろし、屋上にいる生存者たちを見渡す。

 無事に屋上に避難できたのは……10人だ。つまり約半数がやられてしまったということだ。様子見して能力を隠している場合じゃなかったのだろうか……いや、その結果みんなが、西園寺がどう動くかもわからないし何が正解だったのかはわからない。今俺がすべきことは過去を顧みることじゃない。


「山本さんは今からどこへ」

「俺は秋月ちゃんを助けに行くよ。きっと西園寺たちと一緒だろう」


「西園寺ぃ?」


 それを聞いた金髪が顔を歪ませた。

「何か知ってるのか?」

「知ってるもなにも、俺はあの野郎にゲーセンに呼び出されたんだよ! 昨日の夜中コソコソしてやがるから声かけたら、明け方大事な話があるからそこで待ってろって……」

「あー……それであんなとこにいたわけか。で、西園寺は来なかったと」

「チクショー馬鹿にしやがって!」


 そりゃあ生きるか死ぬか大事な時に大騒ぎされたら困るもんなあ……西園寺は最初からこの金髪を連れていく気はなかったってことか。


 屋上には登れないようにしたとはいえ、二階フロア中では店内放送と音楽が未だ続いている。今二階はゾンビだらけだろうな。


「それで」


 俺は金髪に詰め寄る。


「この店内放送も西園寺の仕業なんだろ? ほかに何か聞いてないのか?」

「知るかよ! だいたい俺は最初からあいつのこと気に入らなかったんだ! 俺以外の連中は馬鹿みてえに取り入ってたけどな……ふざけやがって……プライドねえのかあいつら!」

「はあ……」

 どうやら嘘はついてないみたいだな。

 使えないなー、こいつ……

「昨日だってあいつら地下の警備室がどうとかわけわかんねー話してたし、そんなことよりここから脱出する方法考えろってんだよ!」

「聞いてんじゃねーかばか!!!」


 それだよそれ! おもわずツッコんでしまった。

 金髪が「また馬鹿って言ったなてめええ!?」なんて言ってるが無視だ無視。


 地下の警備室か。俺が倉庫に行った時は気づかなかったが……あー、そういやなんかドアがあった気がするぞ、あそこか!


「警備室に行ってきますみなさんはここにいてください! タカシくんあと頼んだ!」

「は、はい!」

 タカシくんたちが頷く。

 俺は飛行魔法を発動させ、今度は屋上から一気に下へと飛び降りた。



★★★



 警備室内にある監視モニターに映し出されているのはショッピングモール内を所狭しと蠢くゾンビの群れ。とくに店内放送のせいで二階フロアに多くが集中している。 しかし当初の目的、つまり餌……いや、囮にする予定だった生存者たちの半数は屋上へと逃れていて、屋上へと続く階段付近はカメラに映っていないため何をしたのかはわからないが、ゾンビたちは屋上へ向かえずにいるようだった。


 それを見て西園寺は小さく舌打ちする。


 計画上は多くのゾンビを二階へ誘導できたのだから成功したとも言えるだろう。だが、気に入らなかった。元々描いていた通りにならなかった時点で、完璧ではないのだ。


「で、どうすんだよ西園寺」


 大学生たちが馬鹿の一つ覚えのように訪ねてくる。自分では何の案も打開策も思いつかない奴らめ。いや、そもそもこいつらは最初から自分で考えるという行為を放棄しているのだ。だから底辺なんだよお前らは。

……なんて、思っても西園寺は口には出さない。


「……いくつか不満はありますが、まあ大丈夫でしょう。外にいたやつらのほとんどがモールの中へ入り、分散している今なら脱出できるはずです」


 そう言って西園寺は胸ポケットからいくつかの車の鍵を取り出した。

 これらは死んだ店員や警備員たちから先に預かり持っていたものだ。いざという時のためにと適当に理由をつけたらすんなりと鍵を渡してきた。こいつらもつくづく馬鹿なやつらだったな、と思う。


 地下駐車場はショッピングモールの従業員専用となっていて、つまりは今いる警備室の外。ここに止まっている車のどれかを動かすことができるというわけだ。モール周囲のゾンビが少なくなっている今なら突破できるだろう。


「みなさんはこれで動かせる車を探してください」

「ああ、わかった」

 大学生たちが警備室を出て行く。



「まったく……こうも馬鹿が多いと苦労するよ」

 西園寺はハアと大きなため息を吐くと、床に転がっている秋月の方へ歩み寄り、目の前に腰を落とす。

「草加さんもそう思うよね?」

「ん゛ん゛〜〜! ん゛――っ!」

 ガムテープで口を塞がれている秋月を見て、ああそういえばそうだったと痛くないようゆっくりとガムテープを剥がした。





 明け方前、窓から見える空はまだ真っ暗で。

 全員の寝息が聞こえてくる中で私、草加秋月くさかあづきは隣で寝ているチョコ太郎を起こさないように、そっと身体を起こした。

 そのまま二階フロアにある一番近いトイレへと向かう。

 そして用が済みトイレから出た所で、突然後ろから誰かに羽交い締めにされた。口を塞がれ、そのまま担がれる。


 こうして私は警備室まで連れてこられたのだ。



 ようやく解放(口だけだが)され、私はぶはあっと大きく息を吐く。ちょっとだけ涎が垂れたがそれどころじゃない。私は上から見下ろす西園寺さんを睨みつける。


「サイテー……!」


「……最低? まさか僕が? 違うよね。他の無能な奴らのことだね?」


 うんうんと勝手に同意するように西園寺さんは頷く。どう捉えたらそうなるんだ。


 私もさっきまで、西園寺さんたちの背後からずっと監視モニターを見ていたのだ。 防火シャッターを開ける時も、そのせいでゾンビの大群が二階へ押し寄せる様も、この二週間一緒に過ごした人たちが襲われる様も、すべて見ていた。

 私は恐ろしさと悔しさに唇を噛み締める。

 ゾンビに対してではない。平然とそれらをやってのけた西園寺さんに対してだ。


「どうして、こんなこと……」

「どうして?」

 西園寺さんは小首を傾げる。


「あのね、草加さん。きみはまだ高校生だからわからないんだと思うけど……そもそも世の中っていうのは元からこうやってできてるんだよ」


 優しく、語りかけるように西園寺さんが言う。

 その手は私の頰に触れ、頭を撫で、そして髪を撫で、毛先を指先で弄ると自らの鼻を押し当てその匂い嗅ぐ。

 嫌だ。気持ち悪い。ゾワゾワする。

 でもそれをぐっと耐える。


「どういう、意味ですか……」


 そう西園寺さんに尋ねた。


「ん? そうだね……草加さんには特別に教えてあげるよ。つまりね。この世の中ってやつはさ、使う側の人間と使われる側の人間の二種類しかいないんだ。もっとわかりやすくするなら、人の上に立つべき優秀な人材と、誰かに従うしかない底辺の奴ら……もちろん僕は前者だっていうのは草加さんもわかるよね? この二週間やってこれたのは僕のおかげだろう?」


「それは……っ」


 その通りだと、私は思った。

 現にショッピングモールに立て篭もった際も、西園寺さんが冷静に判断し、指示していなければ全員パニックのまま、わけのわからないままに早々に全滅していたはずだ。バリケードを作った時も西園寺さんが率先して動いていたわけで。


 でも。だからって


「それが、それがみんなを犠牲にする理由と何か関係があるんですか……!?」


「あるよ」


 さらりと西園寺さんが返す。


「僕は彼らに囮になるという役割を与えた。だから彼らは囮として働く。そのおかげで僕は脱出できる。これも使う側と使われる側の人間がいてこそできる作戦だからね」


「……そんなの……酷すぎる」


 あんまりだ。みんなの意志はないのか?

 あまりにも一方的だ。


「……草加さんは優しいんだね。尊敬するよ。……でもね、これは彼らの為でもあるんだ。使えない人間がこれ以上生きていても仕方がないんだから。だからこそ最後くらい役目を与えてあげないと、むしろ彼らが可哀想だよ」


 そう言う西園寺さんは何も悪びれた様子はなく、むしら飄々と戯けるようで。本人は心からそれが正しいのだと思っているのだろう。


 モニターに映るゾンビたち。

 そこにはすでに、襲われてゾンビとなって蘇ったばかりの者たちも混ざっていて。 

 あれは……籠城したばかりの頃にチョコ太郎に水を分けてくれたおじさんだ。昨日寝る前に良かったら使ってと毛布を渡してくれたお兄さんもいる。他にも、みんな。



「草加さんは、やつら……ゾンビって呼ぶ方がいいか。ゾンビが言葉を発しているのを聞いたことはあるかな」


 私が見ているものに気づいたのか、西園寺さんはモニターを指差す。


「……言葉?」

「ホラ、同じような事ばかり繰り返している奴さ。吹き抜けの下にもいただろう?」


「…………」


 ……たしかに、いた。

 ただ呻くだけの者と、同じ言葉を繰り返している者。それは私も気にはなっていた。


 西園寺さんは私が小さく頷くのを確認し、話を続ける。


「僕が思うに、あいつらこそ最も哀れな底辺の末路だよ。何度も繰り返している言葉……アレはおそらく、死んだ瞬間にそいつの中で強く残っていた言葉か想いなんじゃないかと僕は推測している」


「……えっ?」


「つまり」



「奴らは死んだ瞬間に永遠に閉じ込められているのさ」



 ……そんな、まさか……でも。

 私は今まで見てきたゾンビたちを思い出す。彷徨いながら蠢きながらも家族の名を呼ぶ者。助けを求めている者。たくさんいた。たしかに……その可能性が高い。


 恐怖と絶望の中、あるいは孤独と苦痛の中で死んで、しかしゾンビとなり蘇ることで彼らは真の死を迎える事すら出来ずに、そのまま彷徨い続ける。

 時間は止まったまま。永遠に死んだ瞬間に囚われたまま。


 西園寺の考察に、秋月は表情を強張らせ固くする。縛られている手からは汗が滲み、皮膚を伝っていくのがわかった。


「やがてその残留思念すらも消えた時、ただ呻くだけの存在になる。なんて哀れで、可哀想なんだろうねえ」


 口ではそう言っているが、西園寺の顔はどこか冷ややかで、その口元には嘲笑的な笑みが浮かんでいた。

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