第24話 わたしの異能力は53万です。

 数年前、いや数十年前か。やたらと小型犬を買うのが大ブームだった時代がある。

 その頃はタレントやアイドルが挙って小さな愛犬と写真を撮っていたし、テレビや雑誌でも何かと小型犬特集が組まれていた。品種改良だかなんだか知らんけどティーカップトイプードルやらチワワとダックスを混ぜたチワックスやらを見る機会が随分多かった。

 が、ブームとは悲しく残酷なもので。

 大人気といわれ一時期どこへ行っても見かけた小型犬たちもひっそりと姿を消していった。

 それでも一応はマンションや一人暮らしでも買いやすいという理由か、ペットショップではあいかわらず小型犬がメインで売られており、このショッピングモールでもそれは同様だった。

 まああれだ。何が言いたいのかと言うと、そのせいで。



「ゾンビ犬だああああぁああっ!!!」


 金髪が悲鳴を上げる。必死に手足を動かし再びバルーンハウスをよじ登っていた。



「マジか……」


 俺、山本紘太ピチピチの30歳。童貞。ちなみに異能力チート。ただいまショッピングモールにてゾンビパンデミックの真っ只中。

 目の前からは小さなゾンビ犬の群れが全力で走ってきている。小型犬特有の激しく甲高い声で吠えながら、しかしその姿はゾンビというなんというか、ミスマッチ感あるなあ。小型犬のゾンビとかゲームや映画じゃまず見ないしな。



火炎球ファイアーボール!」


 俺は落ち着いて小型ゾンビ犬たちを迎え撃つ。

 が、小型ゾンビ犬たちは俊敏な動きで俺の火炎球ファイアーボールを避けた。

 攻撃対象を失った火炎球ファイアーボールはそのまま通路向こうにいたゾンビに当たり、そいつごと霧散する。


「えっ!? な、火炎球ファイアーボール!」


 だがまた避けられる。


火炎球ファイアーボール! 水砲弾アクアショット! 風刃エアスラッシュ!」


 避ける。避ける。また避けられる。


「うっそお……」


 速い。めちゃくちゃ速い。小型犬ってこんな動きできたっけなんて思ったが、小さくとも犬だ。人間とは違う。

 そしておそらくゾンビ化したことでフィジカルそのもののレベルが跳ね上がったのか、すでに死んでいる為めちゃくちゃにでたらめな動きをしてその結果骨が砕けようが筋が切れようが関係なくなったのか、とにかく速すぎて目視してから攻撃をしていては遅すぎるのだ。


 小型ゾンビ犬たちは「グルルォォ」と唸るとさらにスピードをあげ、俺に狙いを定め突っ込んできた。


 やばいやばいやばい! いくら異能力チートでも攻撃が当たらなければ意味がないじゃないか!



「おっさん何してんだなんとかしろよおおおっ」


 後ろで金髪が叫んでいる。

 うるせー! わかっとるわ!

 だいたいお前がこんなとこに取り残されてたせいでこうなってんだろばか!

 ああくそ、どうする!? どうする!?


 とにかく魔法を連射するが、やはり避けられる。器用にすべてを躱しながら小型ゾンビ犬たちが大きく跳躍した。真上から大きく口を開けて飛びかかってくる。


 俺自身の反応速度では、顔を上げる前に噛みつかれていただろう。

 だが俺は異能力チートだ。異能力舐めんな!


 俺は今使える魔法の中で一番速かった魔法を使う。


 それは雷属性。一瞬で自宅向かいの家の屋根をぶち壊したあのデスビーム……じゃない、電撃破だ!

 発動させてから攻撃すると思った時、すでに攻撃は終わっているのだ!


 雷鳴が頭上で轟く。

 見上げれば、空中にはすでに小型ゾンビ犬たちだったものが黒い灰となり漂っていた。


「ガアアッ」


 おっと。まだいたか小型ゾンビ犬。

 さらに数匹が向かってくるが、俺は再び電撃破を発動させる。一匹、二匹、三匹。避けられずに直撃しそれぞれが一瞬で灰になる。

さすがにこれにはビビったのか動物の本能か、残りの小型ゾンビ犬は足を止めると身を翻し逃げ出した。


「逃がすかよ!」


 悪いけど見逃すことは出来ない。

 他の生存者に襲いかかられても困るからな。


 逃げていく後ろ姿に向けて人差し指を構える。

 そこから放たれた電撃破はまるでレーザービームのようで。

 あ、そうだ。電撃破サンダービームとでも名付けるとしよう。


 後ろから自分たちに向け放たれた電撃破サンダービームに気づいたのだろう。途中で小型ゾンビ犬たちがそれぞれ分かれ、別々の方向へと走り出す。

 が、逃がさない。

 電撃破サンダービームはその先端から枝分かれし、逃げていく小型ゾンビ犬たちのあとを追いかけ、そして仕留めた。やったぜさすがデスビーム……じゃない、電撃破サンダービーム! おもわず脳内でわたしの異能力は53万です。ホホホと笑いそうになった。


 しかし、初めてにしては上出来だな。

 直線的だった電撃破サンダービームを追尾型に改良。そのせいか多少威力が落ちた気がするが、むしろそれで丁度いいくらいだろう。


 俺は辺りを見渡し……よし、小型ゾンビ犬は全部倒したみたいだな。あとはさっさとバルーンハウスにしがみついている金髪を回収するか……


「ふわああああああああっ!!!」


 とか思っていたら再び金髪の悲鳴が響き渡る。

 おい今度はなんだよ!? もういい加減にしろよ!


 見ればいつのまに登りきったのか、バルーンハウスのマスコットの頭の上にて泣き噦る金髪と、その下。金髪目掛けてバルーンを登っている猫が数匹。



「おいまさか」


 そのまさかだ。

 金髪はもはや卒倒寸前いっぱいいっぱいですという顔で俺の方を向くと


「ゾンビ猫だあああぁああ! おっさ――ん! はやくきてくれ――――っ!!!」


 そう叫んだ。

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