第44話、名古屋でSF大会に初参加しiMAC購入に付き合いファッション誌の『FRUiTS』で『lain』の記事を読み『がんばっていきまっしょい』に震える

【平成10年(1998年)8月の巻・下】


 日本のSF界でも最大のお祭りは、やはり日本SF大会でしょう。昭和37年(1962年)に東京で開かれて以降、日本の各地を回って毎年開かれては、作家やファンが集まって交流をしているイベントです。有名なのは昭和56年(1981年)に大阪で開かれた「DAICON3」で、そこでオープニングアニメーションを手がけた集団が、DAICON FILMを経てGAINAXとなり、『新世紀エヴァンゲリオン』を作るのです。


 吾妻ひでおのマンガにも登場して、いつか行きたいと思っていたのですが、それがかなったのは平成10年(1998年)8月に名古屋で開催された「CAPRICON1」でした。名古屋に帰省するという名目もあって参加したもので、前日に名古屋入りをして評論家の大森望・さいとうよしこ・小浜徹也、三村美衣といった方々に混ぜてもらって名古屋見物をしました。ミステリ作家ですがSF大会に出席する予定だった綾辻行人にもお目にかかれました。そんな前夜を過ごして朝、向かったのが会場となった名古屋国際会議場です。


 吹奏楽のファンや『響け!ユーフォニアム』の視聴者には、全日本吹奏楽コンクールが開催される場所として知られていますが、当時はそうしたイベントはなく、ソウル五輪に敗れた名古屋が誘致したデザイン博の会場跡地に出来た会議場とホールといった認識でした。そこで始まった日本SF大会では、当時全盛だった「おたくアミーゴス」の会場をのぞいたり、「SFセミナー出張版」の部屋に行って水玉螢之丞と大森望による「辺境の電脳たち」の出張版を見たりしていましたが、途中でPHS間をつなぐPメールに呼び出され、さいとうよしこと三村美衣に従って上前津へと向かいました。


 目的は、日本で発売された「iMAC」の購入で、東京では予約でなければ買えなかったものが名古屋では買えるかもしれないという話を聞いて、名古屋パルコの島村楽器へと向かったようです。そこで抽選で購入者を決めるイベントがあって、まず三村美衣が当選し、さいとうよしこも辞退組が出て見事に当選。そのまま購入手続きをして「iMac」をホテルに運び込んだようでした。SF大会に名古屋まで来てパソコンを買って帰るアグレッシブさが、20余年を経ても最前線で書評にアニソンに活躍し続けるパワーの源になっているのかもしれません。


 SF大会ではほかに、「SFミステリークラブ」を見たり、『星海の紋章』のアニメーション化に関するトークを見たりして過ごしました。『星海』を手がけたサンライズの岩田幹宏プロデューサーは、今はA-1 Picturesにおられるようです。20余年という時代は人の立場を大きく変えます。上に行く人が大半ですが、落っこちて下でもがくわたしのような人も……。暗くなるので上を向こうと思います。


 『星海』については、当時WOWOWにた海部正樹プロデューサーが、出てすぐに原作を読んで、「『ブレンパワード』で出来た伝を逃がすものかと決まっていた別の企画を後回しにして1週間くらいの検討で引き受けた」と話していたそうです。逃した企画が何だったのかが気になりますが、おかげで動くラフィールが見られた訳で、今さらですがお礼を述べたく思います。

 

 そんなCAPRICON1を終えて東京に戻ろうとしていた時に、声がかかって喫茶マウンテンに行きました。名古屋に暮らしていながら1度も行ったことがなかった噂の喫茶店。そこで「甘口抹茶小倉スパ」を食べ、トマトパフェもいただきといろいろなメニューを味わいました。スイーツといには温かく、料理というには甘いスパゲティは食べて食べられないことはなく、むしろ美味しいのですが時間が経つにつれ、甘さばかりが届くようになりました。


 食べきったかは覚えていません。以来、2度目の“登山”はしていませんが、ガラリと変わってしまった境遇の中、実家のある名古屋に戻ることも考えているので、それがかなったら今一度、挑戦してみたいと思っています。

 

 『serial experiments lain』の放送には、毎回驚かされていたようでした。とりわけ第8話は、玲音がアリスによる性的な行為をのぞき見るシーンが登場して、深夜でのアニメーションでここまで描くのかと驚きました。お話の方も玲音の内面の葛藤へと移ったようで、「このままいけば分裂した自我を統一するにしろ分離してしまうにしろ、少女の成長というドラマしか見えて」来なくなる可能性を指摘していました。


 実際はそこに止まらず、「ワイアードなりNAVIなりといったテクノロジーの発展が生んだ謎の美少女が、時を隔ててその本性を発現させてそれを謎な会社と謎な組織とがくんずほぐれつ奪い合う、ってなハードボイルドな物語」とはやや趣を異にしますが、とんでもない地平へと玲音は向かっていきます。タダモノではない感じを最後まで引っ張りその上を行ったことが、『lain』を伝説にしたのでしょう。


 この時点で、『lain』に注目していた雑誌がありました。それはアニメ誌でもテレビ誌でもなく、原宿系のストリートファッションを紹介する雑誌の「FRUiTS」でした。第15号にプロデューサーである上田耕行のインタビューが登場。読むとインタビュアーの人が『新世紀エヴァンゲリオン』をリアルタイムで見られなかったことを「失敗」と認識し、「12チャンネルのアニメは、初回全部チェック」していたら、この『lain』が琴線に引っかっということでした。


 このあたりも、ユリイカに掲載した論考をアップしたnote(https://note.mu/uranichi/n/nea2ea7e7a249)に紹介されていますから割愛しますが、このインタビュアーの人は、小中千昭というキーマンを知らず、誰が手がけた、誰が出ているといったスタッフやキャストへの関心からではなしに、第1話のテンションとか、女子高生の自殺やクラブでの乱射といった場面とか、NAVIの画面デザインとか音楽の良さとか、そういった作品そのものが発散しているものに凄さを覚えてインタビューを敢行したそうです。


 どれだけスタッフを知っていて、それが作品にどう反映されているかを探求するのも大切で、少し詳しくなった人にはとても面白く思えますが、これが最初の出会いという人には関係のない話です。見えるもの、聞こえてくるものの凄さの原因がどこにあるかを聞いてくれた方が親切というもの。そういうインタビューのスタンスを、改めて感じさせてくる記事ではなかったかと改めて思いました。


 加えるなら、玲音が身につけている熊ちゃんファッションは、小中和哉とこぐま兄弟舎を作っている小中千昭の思い入れの結果ではなく、キャラクターデザインの岸田隆宏と、監督の中村隆太郎による設定だったそうです。くまちゃんパジャマは家族と対立する時の戦闘服で、外出時のクママーク入り帽子は身を守るプロテクター。だから解放された玲音は身につけなくなったらしいです。


 「FRUiTS」での都合10ページにも及ぶインタビューは、ファッション雑誌にしては極めて異例で、クリエーターでもないプロデューサー、それも大月俊倫でも真木太郎でもない無名で29歳の社員プロデューサーに聞いている点で、やはり異色の内容でした。今はどこかで読むことができるのでしょうか。出来なければ古雑誌を探してでも手に入れ読むべきインタビューです。


 この月、『serial experiments lain』級にわたしの心をとらえた作品が登場しました。映画『がんばっていきまっしょい』です。サントリーのSジュース「なっちゃん」のCMで注目されていた田中麗奈がオーディションに急遽呼ばれて合格した作品で、『Shall we ダンス?』の周防正行監督がプロデュースし、アルタミラピクチャーズが作ったという話題性もさることながら、映画自体が「五重丸を5回重ねてプレゼントしてやりたくなるくらいの良い映画」だったのです。


 「何ったってブルマー姿のまだ胸薄い女子高生がふんだんに出て来て、時にはボートを漕ぐために足をちょっぴり広げて踏ん張る姿勢まで見せてくれるんだから」というのはストレート過ぎる感想ですが、「などと9割の本音を含む冗談はさておいて、映画としての『がんばっていきまっしょい』は、そんな男共の欲望の対象としてだけではもちろんなく、かつて女子高生だったことのある、何事にも一生懸命に頑張っていた女性たちに圧倒的な支持を受ける映画になることは確実だろう」と書いて絶賛しています。


 「入学前に海岸で見たボートの勇姿に憧れて、新入生が男子しかなかったボート部に女子部を作って練習を始めた少女が、挫折し立ち直り優秀なコーチの指示を受けて成長し・……って実によくある物語。けれども主演の田中麗奈さんを含め、ボート部に入る面々の実に自然な方言まじりの演技にいつしか引き込まれ、幼なじみの主人公たちのが照れからかプライドからかなかなか好きだと言い出さないもどかしさにイライラしつつも、絆され励ましたくなる」


 知らずのめり込み、タイトルになっている「がんばっていきまっしょい」のかけ声を、決戦に望む少女たちが言う場面でいっしょに叫びたくなるくらい、感動させられる映画でした。今は上映される機会もありませんが、精いっぱいにオールを握ってボートを漕ぐ女子たちの姿を、また大きなスクリーンで見てみたいものです。


 クールジャパンがビジネスになると言われ始めたのは世紀が変わってからですが、20余年前も既にアニメやらマンガがお金を生んでくれそうだと思われていたようです。三菱総合研究所という国内でも有数のシンクタンクが、「マルチ・エンターテインメント・ビジネス」と銘打ち、マンガやアニメを軸にしたビジネスの可能性を調査するプロジェクトを立ち上げたという話がこの頃ありました。


 マンガジャパンが間に入っていたようですが、ベテランの親睦団体に見えた当時のマンガジャパンに権威以外の何があるのだろう? といった厳しめの視線から「堅い三菱総研がどんなリポートをまとめビジネスモデルを構想して来るのか、最先端でキャラクタービジネスに手を染めコンテンツ作りに邁進している企業たちには失笑を、コンテンツの受けてであるオタクなりコアなファンからは嘲笑を、浴びせられる事態にだけはならないように気を付けて」と日記には書きました。結果については調べても出て来ませんが、目の付け所の早さだけは評価して良さそうな気がします。今また結果を伴うサポートがあればもっと良いのですが。


平成10年(1998年)8月のダイジェスト・下編でした。

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