第27話、デジタルエンジン構想がぶち上げられ『VIRUS』が始まりとり・みきのトークを聞き横井軍平の訃報に触れる

【平成9年(1997年)10月の巻】


 「デジタルエンジン構想」を覚えていますか? バンダイビジュアル(現バンダイナムコアーツ)が、大作化するハリウッドの映像に、日本が世界に誇り得るアニメーションで対抗していこうと立ち上げがプロジェクトです。ラインナップに大友克洋と押井守という、世界が名を知るクリエイターを揃えたことで話題になりました。


 10月28日に赤坂で発表会が開かれて、社長に就任していた渡辺繁が登壇しました。モアイがトレードマークのEMOTIONレーベルを立ち上げ、世界初のオリジナルビデオアニメーションとして『ダロス』を送り出し、『王立宇宙軍 オネアミスの翼』や『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』をプロデュースしてと、日本のアニメーションが世界でクールなものとして人気となっている状況の、基礎を築いた人とも言えます。


 その渡辺繁が今となっては珍しく人前に出てぶち上げた「デジタルエンジン構想」。ワクワクしました。まずは『AKIRA』の大友克洋による新作アニメ『STEAM BOY』。そのフィルムが全宇宙に先がけて公開されました。「動きも演出もスピード感にあふれていて、おまけに質感も量感もたっぷりで、見ているとそのまま呑み込まれ祖そーな気分になってくる」映像だったようです。


 押井守監督は、ファンタジー大作『G.R.M/ガルム戦記』の映像を公開しました。スタッフにイメージを伝えるためのパイロット版アニメと一部の実写パートで、後に映画『ガルム・ウォーズ』の劇場前売り券に付けられた特典DVDに収録されますが、それまで20年近く“封印”されることになる映像です。


 会見で押井守監督は「アニメ的な企画を強引に実写でやる、デジタルがそれを可能にする」と話していて、わたしとしては「(だったら、わざわざ実写で撮らんでも、アニメでやればいーのに)とゆー考えが頭について離れなかった」と、ネガティブな印象を持ちました。実写よりアニメを撮って欲しかったからでしょう。


 もっとも、この時の押井守監督のビジョンは、現実の映像がCGによってすべて書き換えられてしまって、アニメーションのような動きを見せる今のハリウッドの実写映画に実現されてしまったとも言えます。早すぎた構想だったのかもしれません。「デジタルエンジン構想」は頓挫し、押井守監督は別に『アヴァロン』という映画を作って『G.R.M/ガルム戦記』で見せたかった役者の動きや世界が、CGで上書きされたビジョンを見せました。そして2016年に『ガルム・ウォーズ』を作ってリベンジを果たします。


 大友克洋監督の『STEAM BOY』も2004年に『スチームボーイ』として公開。制作を手がけたスタジオは、3Dを2Dのように見せるデジタル作画力の強みを活かし、サンライズ荻窪スタジオとして『FREEDOM』や『いばらの王 King of Thorn』といった作品を手がけます。そこにスタッフとして参加していたひとりが、自分たちのスタジオとなるirodoriを作り、『けものフレンズ』や『ケムリクサ』を送り出したたつき監督です。「デジタルエンジン構想」の20余年後の大きな成果のひとつかもしれません。


 改編期だったテレビアニメでは、『VIRUS -VIRUS BUSTER SERGE-』に注目していたようです。メカで知られる大張正己がキャラクターも手がけていた作品で、ゲームが別にありながらもアニメの方は独自のストーリーが展開され、パワードスーツをまとって戦うスピーディーなアクションと、美男美女が揃ったキャラクターたちの関係といったものを見せてくれました。主題歌はこれが1枚目のシングルとなったDragon Ashで、今に至る活躍の始まりでした。


 当初は「メカもたしかにカッコは良いけど、ハッとさせるだけの新鮮味がない」と厳しめの見方をしていました。パワードスーツで戦う設定がありふれていたからですが、特徴的すぎるというか、毎回変化するキャラクター作画の不思議さに惹かれつつ物語にも引っ張られ、最終回が終わる頃には自分の中で伝説の1本になりました。今、映像を見られる機会がほとんどないのが残念です。鈴置洋孝の圧倒的な格好良さを味わえる作品なので、是非に復活を果たして欲しいです。


 この頃、アミューズメントメディア総合学院が気になっていたようです。ポニーキャニオンが出資していたこともあって、誘われて取材というか見物に行きました。学生を現場に派遣してプロに鍛えてもらったり、講師陣にプロを揃えて実作に役立つことを教えたりと、現場に近いカリキュラムで生徒を育てることに務めていたようです。当時の講師陣では、『撃殺 宇宙拳』の破李拳竜が絵コンテの切り方を教え、SF映像の分野に詳しい聖咲奇が3DCGについて教えていました。


 こうした環境で育った生徒が20余年後の今、現場で中堅となって業界を引っ張っているのでしょう。この月には池尻大橋にあるCGスタジオ(どの会社だったか覚えていません)を取材し、CGデザイナーの若い人たちが、エヴァやらガンダムやらのフィギュアをモニターに載せつつ、楽しげに仕事をしてる姿を見たとようでした。20余年後の今、業界の中心になっているだろうことを思うと、何も身につけないままで現在に至って沈む一方の我が身の情けなさに気が滅入ります。道は選べる時に選ぼうと言いたいです。


 池袋のジュンク堂で開かれた、とり・みきのトークショーに行ったようです。 田北かんせいくんとは何者かという質問に答えたり、アイディアのためにアイディア帳を作っているもおの、それを見るときは調子の悪い時と明かしたりしてくれました。エッセイなどの文章の仕事については、日々のフラストレーションをギャグに代えて漫画を書いていたものが、文章を書くことでガス抜きされてしまうため危険性を感じ、漫画の話は書かないとう制約を自らに課している、といった話も出たようです。


 同じ会場に加野瀬未友が来ていたらしく、終演後に近くで意見交換をしたという記述もありました。これは覚えているのですが、そこから20余年、どこかですれ違っても直接の会話があったかは覚えていません。一期一会過ぎますね。


 今は休刊となった「週刊将棋」で連載が始まった『Up・Setぼーいず』というマンガが面白いという記述がありました。「中学時代の将棋でライバルに勝つために、そろって同じ高校へと進学した3人組だったが、賭将棋をやった部員がいたとかで廃部の危機に直面していて、3人が生徒会長に直談判していく」といった設定から、『幕張』というマンガを引き合いに出してユニークな会話が続く展開が楽しめると紹介しています。今、読めるのかと調べたら何とちくま文庫から2014年に刊行されていました。将棋マンガブームでもあって掘り出されたのでしょうか。気になります。


 横井軍平という人の訃報にも触れています。宮本茂より早く任天堂に入り、「マジックハンド」にはじまって「ゲーム&ウオッチ」を経て「ゲームボーイ」を仕掛け、任天堂の今日を築いた1人ですが、「ヴァーチャルボーイ」を最後に任天堂を去り、ゲームの企画・開発を手がけるコトを興して『くねくねっちょ』を送り出したばかりでした。高速道路で発生した事故に巻き込まれての死去はあまりに唐突。後にバンダイから出る携帯型ゲーム機『ワンダースワン』にも携わっていたそうで、存命ならゲームの世界も変わっていたのかと思うと残念です。


 ポニーキャニオンでオーディションを専門にしたDNA部の話を聞いたようです。これより少し前にソニー・ミュージックエンタテインメントでSD企画部という部署の話も聞いていて、レコード会社が大々的なイベントではなく、それこそカラオケボックスを使うようなカジュアルなオーディションを実施して、新しいクリエイターを見つけようとしている動きに注目していたようです。


 「3万を売るアーティストを発掘して10万を売るアーティストに育てていく地道な作業こそが、将来の食い扶持を稼ぐもっとも確実で大切な方法」。だから始めたこすいたオーディションを横目に、手っ取り早く稼げそうな大型の案件に注力する新聞社の方針に懸念を示していました。大を狙いすぎて小がおろそかになると、支えを失って崩れ落ちる。そんな将来を経てそして、今のこの状況もあるのだとしたらやはり早くに手を打っておくべした。


 これは気になる記述。サンケイスポーツに松田聖子が娘の運動会に飛び入り参加して、いっしょに体操している写真が載っていて、向かいにブルマー姿の娘が立って、ひょいと片足を上げていたそうです。とてもセンセーショナルなその写真の娘というのが今の神田沙也加だとしたら、これはお宝画像ですが、今となっては見るのは不可能でしょう。スクラップしておけば良かったなあ。あとひとつ。「オルタカルチャー」というムックが出ましたが、これがすぐさまとてつもない展開をみせます。


平成9年(1997年)10月のダイジェストでした。

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