第20話、セガバンダイが破談となりエアーズというレコード会社に取材し夏エヴァのタイトルが発表され

【平成9年(1997年)5月の巻・上】


 5月27日の夜のことでした。バンダイとセガ・エンタープライゼス(当時)の合併が解消されるというニュースが、渋谷あたりで飲んでいた時に飛び込んで来て、これは見ておかなくてはと記者会見場にかけつけました。個人的には合併するという話をメリットがないから止めておいた方が良いと主張していましたが、ご破算となって改めてバンダイというブランドが消えなくてよかったと感じていたようです。


 登壇したバンダイの山科誠社長は、「1月から本日までの合併作業の中で、相互の企業としての長所は十分認識できており、業務提携から新たな効果を生み出すべく、下記の項目について検討を進めることで合意をしている」と言って、商品化などは進める考えを見せていました。セガが版権を動かしていた『新世紀エヴァンゲリオン』のカードダスもプラモデルも出ましたから、遺恨はなかったと思います。商品化に長けたバンダイに魅力的なキャラクターを提供するというビジネスまで、曲げてしまう訳にはいかなかったのでしょう。


 ただ、山科誠社長が合併を最後の段階でひっくり返した理由を問われて、頑なに喋ろうとしなかったのは気になりました。曰く、「100ある条件のうち最後の1がクリア出来なければ結果として100にならない。溝が超えられなかった」。この「溝」が意味するものがいったい何なのか。大リストラの断行を要求されて呑めなかったとか、バンダイの既得権益を根こそぎセガに吸い取られそうになったとか、不採算部門の一括償却によって出た赤字によって買い叩かれる可能性があったからとか、推測も飛び交いましたが、今もって不思議な合併騒動でした。


 翌28日の新聞各紙を見ても、バンダイが越えられなかった「溝」がいったい何なのかを明確に指摘するところはなかったようです。1紙、日本経済新聞がセガを傘下に収めたCSKの大川功会長にインタビューして、山科=バンダイ批判を掲載していたようです。ドタキャンにも似た方針の急展開は、ディスクロージャーの観点から批判されても仕方有りません。直前までやる気満々のところを見せていたのですからなおさらです。一転しての合併解消で、批判の矛先は山科社長に向かいます。


 『王立宇宙軍 オネアミスの翼』が作られるきっかけを与え、つまりは日本のアニメに多大なる功績を残した人ではありますが、2代目のお坊っちゃん育ちの山科社長と、百戦錬磨の大川功、中山準夫の両名のどちらが政略家かを考えると、どこかでバンダイ=山科社長を悪く思わせようとする流れが作られていたのではないかと邪推したくなります。結果として山科社長がひとり退任してバンダイは落ち着きを取り戻し、そこから立ち直って今のバンダイナムコグループへ発展したのですから、山科社長の決断は報われたと言えます。22年が経った今、この決断が日本のエンターテインメント界に何をもたらしたかを、もう少し深く考えてみたくなりました。


 この頃、角川書店のアニメ事業に関する発表会もあって、角川歴彦社長が出席していたのでこの合併解消に関して尋ねてみました。山科誠、中山隼夫とも知り合いの角川歴彦社長ですから興味がありました。


 「素晴らしいって思っていたんだけど、残念だねえ。トップの考えと世間との間にギャップがあったんだろうねえ」「従来どおりじゃいけないと思って合併しようとしたのに、それがなくなってしまったので、これからはそれぞれが従来どおりじゃないことをしなくちゃいけないね。頑張って新しい体制を構築していって欲しい」。感想程度の答えでしたが、ここからの頑張りが、今の両グループをしっかりとエンターテインメントの前線に立たせているのですから、激励は届いたと言えるのではないでしょうか。


 “その後”のバンダイと、少し関わってくる話です。この月、エアーズという会社に話を聞きに行きました。バンダイグループと音楽プロダクションのアミューズが出資して作ったレコード会社で、アニメ関係のCDをけっこう出し、テレビアニメ『宇宙海賊ミトの大冒険』の製作にも携わっていました。ここでディレクターをしていた元レイジーの井上俊次が、バンダイグループで方針が変わり、バンダイ・ミュージックエンタテインメントが潰えたこともあって独立し、設立したのがアニソンで有名なランティスという会社です。


 当初は独立していたようですが、やがてバンダイビジュアル(現バンダイナムコアーツ)の傘下に入って事業を広げ、音楽だけでなくライブのようなイベントも手がけるようになりました。バンダイの体制変更で外に出ざるを得なかったにも関わらず、バンダイ傘下に“戻った”という経緯にはなかなか興味深いものがあります。ナムコと統合してグループが大きくなる中、扱うタイトルもアーティストも増えて1社で単独のフェスを打てる規模になりました。バンダイとセガの合併が成立していたら、ランティスは生まれてラブライブ!は大人気を獲得したのでしょうか。想像は広がります。


 エアーズでは、日本コロムビア出身の社長の人から、『銀河鉄道999』でゴダイゴを起用しサントラを作って大ヒットさせながら、アニメ関係をやっていた学芸部に手柄を持って行かれて悔しかった、といった話を聞きました。本当なのかは当時の関係者なら分かるかもしません。社長の人は、『999』のようなアニメの人気コンテンツを通して、アニメだけに止まらないミュージシャンを送り出したいと話していました。


 今、見渡せばアニメの主題歌に普通のミュージシャンたちが参加するのは普通になっていますから、願いは叶えられたとも言えますが、一方で、アニソンをメインで歌いながら日本武道館に立つミュージシャンもいて、壁はもはや存在していないとも言えそうです。


 部分公開だった『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』を補完する夏の完結編のタイトルが、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』になったという話が出て来ました。「サンダイバー」から「マグマダイバー」、「世界の中心で愛を叫んだけもの」から「世界の中心でアイを叫んだけもの」といった具合に、SF作品のタイトルからサブタイトルを持って来たことがありましたが、「まごころを、君に」にはちょっと驚きました。


 それは、ダニエル・キイスの名著『アルジャーノンに花束を』の映画が日本で公開された時の邦題です。同じ原作を歌にした氷室京介はそのまま「アルジャーノンに花束を」というアルバムを出しましたから、さすがGAINAX、少しひねってきたなと思いました。一方、「Air」とは何かが当時話題になりました。ニフティのFGAINAXというフォーラムでは、素早く解説会が始まっていて、「歌曲」とか「アリア」とか「旋律」とかいった音楽用語としてこの「Air」をとらえていたようです。正解は何だったのでしょう。


 エヴァといえば、キングレコードがエヴァのDVDリリースするという記事を、この頃書いた記憶があります。少し前にホームページの開設がニュースになったように、この頃はDVD化がひとつのニュースだったのです。過去には「講談社、『攻殻機動隊』を日米英で同時公開」という記事や、「パイオニアLDC、映画製作を再開、『天地無用!』を映画化へ」といった記事も書きました。工業新聞にです。


 今ならネットメディアが解禁のゴーサインとともに一斉に記事にしていますが、当時は月刊のアニメ誌に載るまでは情報がなかなか出回りませんでした。そういう時代に頑張って、アニメ関係の情報を記事にしていたのですがやっぱり早すぎたのでしょう。気づかれず誉められず認められないままサヨウナラ。相変わらずの人生です。


 この月は長くなりそうなので分割します。


平成9年(1997年)5月のダイジェスト・上編でした。

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