第8話 パーティーはダンスホールで

「ほ、本当にこれを着て? ここを行くのですか?」




桃色で私よりは控えめだけど、レースがふんだんに使われているドレスを着たイザベラが、大きな扉の前でオロオロとしている。




「そうよ、だって私の友人だもの。」




5歳の体で幼児らしからぬ言動をしているが、身近な者達はもう慣れているらしく、イザベラも例外ではなく気にも留めなくなった。


ちなみに今、目の前にある大きな扉は二階のとある部屋に存在する物で、我が家の一階に位置するダンスホールへと繋がる階段がある。


パーティーの主役とそのパートナーが登場する所なんだけど、イザベラはかなり緊張している。




「友人だなんて……私は使用人ですよ。」




「使用人だとしても友人枠に入っているわ。私とペアのドレスを着ているし、お父様とお母様……離れに住むお爺様とお婆様に『イザベラがパートナー』って言っているのよ?」




父の父母である祖父母は、家の敷地内の少し離れた所に小さな……といってもかなり豪邸と呼べる離れで隠居生活を送っている。


イザベラからしたら、決して逆らう事など出来ない人達。


そんな人達に紹介してあるのだから、今ここでグダグダ言っている暇は無いのだ。




「私はなるべく目立たずにいたいので……。」




「大丈夫、私が輝いているから美味しいご飯でも食べてなさい。」




イザベラの顔がパアッと明るくなる……そうだ、細い体をしてかなりの大食いだった。


ダンスホールの隣には、ビュッフェスタイルで食事を取れるスペースがあるから、そこにいれば恥ずかしがりなイザベラも楽しめるだろう。




「お嬢様、そろそろ入場のお時間です。」




「準備は整いましたか?」




扉を開けるためにいる執事二人が、確認を取ってくる。


準備といっても、イザベラに背を伸ばさせる位なんだよね。




「完璧よ、開けて頂戴。」




トランペットが恥ずかしくなる程立派に鳴り響き、大きな扉も執事が少しずつ開けていく。




さあ、幸せに生きるため……完璧なスノーホワイトを演じきるわ。








「お誕生日おめでとうございます。」


白い髭を生やした男爵が語りかけるのは、私ではなくて父のエミールだ。


この男爵こそ、公爵令嬢の誕生日という名の社交界を楽しむ鏡の様な人。


まったく、主役を間違えてるわ。




「お久しぶりですわ。私の誕生日にわざわざ足を運んでくださり、スノーホワイトは本当に嬉しいです。」




「いや~、実に立派な娘さんだ。うちの娘が5歳の頃は、悪戯しかしない駄々っ子だったよ。」




そりゃあさ、本当の5歳と同じ様な事をしていたら、今まで何をしてきたんだ……って話だわ。


こちとら幽霊経験して、何人もの人を殺して、母親助けるためにバスにはねられてるんだよ?




「ハハハ、その位が元気で良いではありませんか。スノーは魔法の勉強ばかりで、玩具にも興味を示しませんからなぁ。」




すみませんね、努力はしているつもりだけど、元女子大生にパペット人形はきついよ。




「お父様、イザベラのいるビュッフェに行ってきても良いですか? なんだか喉が乾いてしまって。」




「ああ、そうだな。付き合わせて悪かったよ。」




「いえ……お母様とお楽しみくださいね。」




父が一瞬驚いた。


もう5年の付き合いなんだし、伯爵夫人と話している母とダンスを踊りたい……なんて考え見え見えなんだから。


私は急いでイザベラの元に……行きたい所だが、一応主役として注目されていない訳ではないので、おしとやかに大理石の床を歩いて向かう。




「お食事中失礼いたしますが、桃色のドレスを着た茶髪の少女を見かけませんでしたか?」




テーブルで軽食を取っている、中年の夫婦に聞いてみる。




「ああ、その子でしたら1番隅のテーブルにいますわ。」




「教えてくださり、ありがとうございます。」




あ……どうしよう。


この喋り方が凄い嫌になってきた……思えば、パーティーというパーティーに出るのは今日で初めてだわ。


いや……こんなにもこの喋り方が鬱陶しくなるとは。




「ムシャムシャムシャ……。」




隅のテーブルに近づく度に、こんな効果音が聞こえてきてもおかしくない程、ローストビーフを食べ続ける少女の後ろ姿がハッキリと見えてきた。


何故ローストビーフと分かるかと言えば、ビュッフェのプレートの『ローストビーフ』と書かれた場所には、肉が一切れも残っていなかったから。


イザベラはローストビーフが好きなので、あらかじめトンリュートに多目に作ってと頼んでおいた。


それを食べきれるのは、イザベラ以外にいないもの。


咀嚼音は出さないけれど、飲み込む際に揺れる背中……なんと良い食べっぷりだろうか。




「イザベラ、来たわよ!」




「ングッ!!」




背中側から声をかけたせいで、イザベラは喉に肉を詰まらせてしまった。




「お水飲みなさいっ! ほらっ!」




「ゴクゴクゴクゴク……プハァっ!」




テーブルの上にあったコップを渡すと、一気飲みして風呂上がりのオジさんみたいな声を出した。




「楽しんでくれているみたいで良かったわ。私の挨拶回りが終わったから、こちらへ来たのよ。」




「お見苦しい所を見せてしまって、申し訳ございませんでした。」




顔を赤くして謝られても、私はイザベラの頬に付いたローストビーフのソースが気になってしまう。




「ナプキンはあるかしら?」




「はい、これでよければ……。」




四人がけテーブルの空席に置いてあるナプキンを貰うと、目をつぶり意識を集中させて……。




「水よ、我の指から水滴となり現れなさい。」




「スノー様! それはっ!!」




イザベラが驚く中、私の体は少しだけ青く光った。


左手に白いナプキンを持ち、右手の人指し指を向けると、透明な液体……水滴がポタポタと垂れる。


そう、これは魔法だ。


水魔法と呼ばれる物で、大抵は高校生(美咲時代と同じ年齢)にならなければ飲料水に出来る程綺麗な水は出せない。


だけど、父の書斎や屋敷の図書室に行ける様になってから、毎日朝から晩まで魔法の勉強を続けた結果、私は使える様になっていたのだ。




「さあ、口元を拭きなさい。美味しそうなソースが付いているわ。」




「スノー様……いつの間に水魔法を習得された……ムグっ。」




喋り続ける口を程良く濡れたナプキンで拭く。




「毎日の勉強の賜物よ。はい……これで綺麗になったわ。」




魔法を使うには自分の体内にある魔力を増やす必要があり、ひたすらそのための訓練を積んだり、書籍を読み込んだり……本当に大変だった。


魔力が増えてもコントロールするために、使う魔法に対しての適当な魔力配分を学ばなければならず、私はここでかなり苦労した。


魔力が多い家系に生まれた事が、この世界で幸せに暮らせるためのハンデだったのかもしれない。




「私も何か食べようかしら。」




「いや、そうではなくて……いつの間に水魔法を習得なされたのですか……。」




「まあ良いじゃない、そんな事は。あら、あのウェイターが持っているブドウジュース美味しそうね。」




「ですから……。」




「もうその話は終わりよ! トンリュートに頼めばここには無い料理を作ってもらえるから、食べたい物を厨房で注文でもしてきなさい。」




普段は使用人なのでトンリュートが作るまかないを食べているイザベラは、この言葉に喜んで厨房へと向かった。


何を頼むのかが楽しみだ。




「ウェイターさん、ブドウジュースをいただけるかしら。」




「はい、搾りたてのブドウで作りました。」




お盆の上には見るだけでよだれが溜まる位、濃くて香りの良いジュースが並んでいる。


中でも1番そそられた手前のグラスを取り、優雅に口へと運ぶ。




「ゴクゴクゴクゴク……あら、とても美味しいわ!」




「その様に言っていただけて、とても嬉しいです……ってそのグラスは赤ワインです!!!」




え? 赤ワイン?


確かに紫色のジュースは半々位の割合でグラスが違うし、紫が強いのもあれば赤紫のもあるけれど。




「気分は悪くなられませんかっ!? 私の失態です、申し訳ございませんっ!!」




ウェイターが私に激しく頭を下げるので、周りの人達がこちらに注目し始めた。




「いえいえ、大丈夫ですよ。これは私と貴方だけの秘密です。赤ワインを私が飲んだ事は、絶対に内緒ですからね?」




このウェイターには、むしろ感謝したい。


レイの世界は18歳から飲酒がOKだったので、仕事を忘れ様と毎晩酒を飲んだものだ。


そこからお酒が好きになったけど、殺されてからは飲める機会がなくて。


酒には強い方だから、ジュースと間違えて飲んで介抱される……なんて事は絶対にない。




あ……殺された時の事が、頭の中に蘇ってきちゃった。


どうしよう……凄い……怒りが……。




「あの……本当に大丈夫ですか?」




ウェイターが心配するのも無理はない。


目の前で人が頭をかかえていたら、声をかけるのが普通だろう。


それにしても、急にこんな事になるなんて……久しぶりだ。


美代以来だろうか……ああ、憎い。憎い。憎い。


私も同じ位憎まれているんだ……殺した人達に…。


……考えたらきりがない…………っああもう!!




「貸してっ!」




「えっ!?」




お盆の上に残っていたワインの方のグラスを手にとって、ゴクゴクゴクゴクっと一気に飲み干す。三杯を続けて。




「ご馳走さま。」




空のグラスをお盆に戻し、頭を冷やすために屋敷の外へ向かう。


コツコツコツと靴音を鳴らして外に出ると、雪がどんどん降り積もっている。


勿論寒いのだろうけど、私は全然寒さを感じなかった。


赤ワインを四杯飲んだはずなのに、体が暖まる訳でもなかった。


ただ……雲の隙間から見え隠れする月を見ているだけ。




「綺麗だなぁ。」




レイは月を見て、兎が餅をつく様に見えたけれど、今日は満月ではないので残念だ。


だけど、それでもとても綺麗。


屋敷の外にはパーティーに来た貴族の馬車やペガサス車が、無数に停めてある。


玄関先に立っていると、ちらほら帰る客も増えてきて。




「スノー様、こんな所でどうされました?」




「男爵……いえ、別に理由はありません。ただ、ぼーっとしているだけですよ……お気をつけてお帰りください。」








「スノー様ぁー!!」




立ち初めてしばらくすると、イザベラの声が聞こえてきた。


私がいなくなって、心配しているのだろう。


指先が赤くなり始めたし、そろそろ戻ろうかな。




「ここにいるわー!!」




私は……スノーはここにいる。

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