第6話 美味しい朝食

「それじゃあ、行ってくるわ。しおり……今日から使うからね。」




「ありがとうございます。いってらっしゃいませ。」




部屋の掃除を始めたイザベラに見送られ、私はフワフワとしたドレスの生地を押さえながら部屋を出る。


そして、ダイニングルームに行くまでには、勿論廊下を通る訳だが……。




「相変わらず、何度見ても凄い数の肖像画だわ。」




壁一面に思わず独り言が出る程の、肖像画、肖像画、肖像画。


私の家の歴代当主が壁一面に並ぶ光景は、いつでも見られている気がして自然と背筋が伸びる。


これだけ歴史があるのだから、あってもいいと思うのが『名字』だ。


レイの世界でも名字が無かったが、スノーが生まれたコントラスト王国は貴族制度があるというのに名字は存在しない。


不便なはずなのに、誰も『名字』という概念を持たずにいるのだ。


東野と西野の性を過去に持った私からしたら、レイもスノーも名前に違和感があって仕方がない。




「あ、着いてしまったわ。」




ダイニングルームの扉前に、気が付いたら到着していた。


広い屋敷だけれども、考え事をしていればあっと言う間に着いてしまう。


この先に両親がいる……完璧な『スノーホワイト』にならなければ。


エミール公爵と、ノア公爵夫人の娘に……。




コンコン




ノックは静かに、可愛らしく二回。


レイ時代の名残で、ほぼ毎朝4時に起きて、筋トレをしていると悟られない様に……幼女の力使いを保つ事が大事。




「失礼いたします。」




扉は蝶番の手入れがしっかりされているので、不快な音を一切鳴らさずに開く。




「お父様、お母様、おはようございます。」




「「……。」」




二人共、プルプル震えながら黙っている。


どうしたのかな……。




「なんて可愛らしいんだ! 銀髪に桃色が良く似合っている!」




「流石私の娘だわ! まだ5歳というのに、ドレスに着られない身の振る舞い!」




「あ、ありがとうございます。」




こんなに褒められては敵わない。


照れるというよりも、対応に困ってしまうのは庶民の性なのか。




「スノーの誕生日だから、今日はパンケーキの日だぞ!」




父は朝からテンションが高いな……って、パンケーキ!?




「スノーの好きな、コーヒー多めのカフェオレも用意させたわ!」




母が言ったと同時に、ダイニングルームの奥にある厨房から、ほのかにコーヒー豆の良い香りが漂ってくる。




「私の好きな物を用意して下さり、本当に良い誕生日です!」




美咲の頃から好きな食べ物が、コントラストに存在すると知った時は本当に嬉しかった。


豆腐は存在しなかったけれど、パンケーキもコーヒーも存在しなかった、レイと美代に比べたら本当に恵まれた世界だ。




「それにしても……スノーは本当に天使の様な容姿だなぁ。」




え、もうそっちの話に戻るの?


また返答に困るよ……。




「ええ、私達は金髪だというのに……自分の子供と思えない瞬間がある位です。」




母のその言い方だと……私、転生してきて初めて家族に忌み者扱いされるの?


そりゃあ、父は金髪に紫色の瞳で、母は金髪に緑色の瞳なのに……私だけが銀髪で左が赤色、右が青色の瞳だよ。


転生する度に微妙に容姿は変化しているけれど、今まで家族から差別を受けた事は無かったのに……。




「まるで……神の申し子の様だわ。日が当たると時折日差しと同化する銀髪に、見つめられると涙が出そうになる程綺麗なオッドアイで……。」




「ノアが疑うのも無理はないさ。私だってふとした瞬間に、スノーが手の届かない程尊い存在だと思う事がある。」




早とちりだった……長生きしたいがゆえに、問題を早く回避しようとする癖がついているみたいだわ。


しかしだな、しがない元豆腐屋の娘が神の子だのなんだの言われたら、本当にどう答えればいいのか分からないから!




「私の容姿なんて関係ありません、見た目が違っても間違いなくお父様とお母様の子供です。ここまで育ててくれて、本当に感謝しています。」




「「スノー……。」」




この反応からして、私の答え方はバッチリだったみたい。


それにしても、私の中から完璧なスノーホワイトを出すのが、日に日に上手になってきたと感じる。




「……ッウ……ウッウッウッ。」




この独特なすすり泣きは、父の専属執事であるギューラウスの物だ。




「ギューラウス、泣かなくても良いのよ?」




「申し訳ございません……ですが、お嬢様の受け答えに感動してしまい……。」




ポケットから白いハンカチを出して涙を拭いているのは、牛人……牛の先祖が進化して、人間と同じ生活が出来るようになった種族だ。


茶色い体に牛の顔だが、手は五本指でしっかりとハンカチを握れている。


レイの世界にもいた『獣人』と呼ばれるくくりに入る牛人は、穏やかな性格で執事や看護師等の職に就く事が多い。


ギューラウスもそんな一人で、父が幼い頃から家の執事をしている。


今では執事長を任されている程の、最古参……スノーにとっても家族同然の存在だ。




「パンケーキ、出来やしたよ~!」




涙を流すギューラウスを落ち着かせていると、ダイニングルームの奥の扉から良い香りと共に料理長のトンリュートが現れた。




「まあっ! トンリュートが作ってくれるパンケーキを朝から食べられるなんて、本当に幸せ者だわ!」




「それは作り手として、嬉しい言葉だすなぁ!」




朝食をのせたワゴンが、だんだんと私の近くによってきて……。




「お嬢様、座ってくだせぇ。立ち食いパスタ屋みたいな食べ方は、お嬢様には出来ねぇでしょうからな!」




大きなお腹を揺らしながら笑うトンリュートは、豚人と呼ばれる獣人だ。


トンリュートはマシュランの星付きレストランで修行を積み、家に来てからも料理の腕を上げ続けて、今や料理長になった実力派シェフだ。




「トンリュートに言われたら、私は座るしかないわね。立ち食い形式も悪くはないけれど。」




美代時代は、駅前の立ち食い蕎麦が好きだったんだよね。


人生で一番食欲旺盛だったからな……。




「おおっ、それなら今度立ち食いパスタやりますか? 用意しようと思えばすぐに出来る……。」




「お嬢様にそんな事、教えてはいけません! 今でも5歳とは信じられない位立派ですが、将来立派なレディでいるお方に、立ち食いなんて必要ありません!!」




ギューラウスが強い口調で言うのに対し、トンリュートも言い返す。




「そんなのお前が決める事じゃあねーだろう!? お嬢様はこのままで十分立派なレディだぜ……たまには立ち食い位良いじゃあねーか。」




「なっ、そんな事は私が一番分かっています! ですが、立ち食いなんて事は貴族としてやってはいけない行為だと、トンリュート料理長も分かるでしょう!?」




「分かんねぇなっ!!」




この二人は、犬猿の仲ならぬ牛豚の仲……取り敢えず仲が悪い。


そうこうしている間に、椅子につくタイミングは無くすし、バナナやクリームチーズで飾られたホカホカのパンケーキは冷めていくし……。


何でもいいから、早く食べさせて!!




「お二人共、一度待ってください。お二人が私の事を考えてくれているのは、本当に良く伝わってきます……いつもありがとうございます。」




「「お嬢様……。」」




「さあ、朝食にしましょう! 私が5歳になって、初めての食事……待ちきれないわ!」




……疲れる、実に疲れる。


朝から大人に媚び売って、大人の喧嘩止めて。


だけど、それもこれも……全部私のためにしている事だし仕方が無いか。


でも……いつかは、自分勝手に生きてみたいわ。




「はい、お嬢様! トンリュートスペシャルデラックスパンケーキですよ!!」




「凄く美味しそうだわ!!」




まだホカホカとしているパンケーキに、白いカップに入っている良い香りのカフェオレ。


こんなに贅沢な空間で、大好きな物を食べられるというのに……雪が降り積もる度になんだか寂しくなる気がする。


ダイニングルームの大きな窓を眺めていると、先程見た様な小鳥が空へと飛び立っていった。


スノーホワイトからしたら、飛べる事が本当に羨ましい。




「いただきます。」




口の中には、甘いパンケーキが頬張られているというのに、しょっぱい味がする。




「スノーは泣いて喜ぶ程、パンケーキが好きなんだなぁ。」




「あらあら、ギューラウス……スノーに予備のハンカチを渡してあげて。」




しょっぱい事以外に、私の脳は反応しない。


幸せに生きていくには、一体何をしたら良いのだろうか。




「今日の朝食……美味しいです!」

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