第2話 天寿を全うしたい理由part1

「よしよし、今日もいい子だなぁ。」


父が私の頭を撫でている。

大きな手に撫でられると、幸せな気持ちになるのは何故だろう。

……すると、この様子を見ていた母が、


「ですがあなた……スノーはいい子すぎませんか?夜泣きなんてたまにしかしないし……。」


心底不安そうな顔だ。

……少しいい子にしすぎたのかな?

でもなぁ、出産しても公爵夫人だから、私のお披露目会やら夜会やらで忙しそうだし。

夜泣き真似は、ここ最近控えてたけど……流石に泣かなすぎなのかな?


「いいじゃないか、スノーがグッスリ眠れている証拠だ。」


おおっ、おっとりで優しい父よ、そのまま押しきっちゃって!

母の心配無くしたげて!

「だけど……這って移動するのも早すぎだし、この前なんてトイレに行こうと這っていたのですよ? 試しに座らせたら、手で追いやられて……心配で覗いたら用を足せてるし。」


あの~、その様な話を目の前でされるのは、凄く恥ずかしいのですが……とは言えず。


「子供の成長は、とても早いと言うじゃないか。」


父、その調子その調子。


「……いいや、よく考えてみたら、確かに早すぎかもしれん。」


父、違う。

路線変えないで、ひたすら『○○じゃないか』で終わらせてよ。

……しょうがないじゃない。

だって今まで、トイレに行った事あるんだよ?

おむつって、履かせる方は何考えてるか知らないけれど、トイレを知っている人が履くのは、拷問に近い苦痛だよ?(私の場合はね)

それに、赤ん坊というのは、転生者からしたら退屈だ。

親を安心させるために嘘泣きをし、トイレに行きたいのにオムツを履かされ、食べるものは制限されてて、気軽に歩くこともできない。

正直言うと、転生後に一番辛いのは、赤ん坊の時代だと思うんだよね。

裸は見られるわ、知らない人に抱っこされるわ。

遊ぶにも布のぬいぐるみか、積み木しか渡されない。

チェスとかやらせて貰えるまでに、ひたすら我慢の連続。


「やっぱり……お医者様に相談した方がいいのかしら……。」


「念のため……ラファエル先生を呼ぶ様に、執事に伝えておこう。」


……こんな時には、脳内のアルバムをめくりながら、これまで経験した人生を思い出している。

それしか出来る事がないし、思い出を忘れない様にするためでもある。

生きてきた年月が長い程……当たり前だけど、昔の事から忘れてしまう。

過去には勿論嫌な記憶がある。

けれど……それを忘れてしまえば、これからの人生に役立たす事が出来なくなる。

つまり、同じ失敗を繰り返してしまう事態に繋がるのだ。

その様な事が、幸せな人生を送るのに不要である事は明白。

だから今日も、私はアルバムめくりに励む。





脳内アルバム……今までの人生。




私の最初の名前は、西野 美咲だった。




アルバムに納められている最初の思い出は、木を惜しみ無く使った風流な店構えに、渋い藍色ののれん。


その店の奥にある台所では、いつも親子の明るい声が聞こえる。


1番記憶に残っているのは、高校2年生……。




「お母さぁーん、今日の晩御飯は?」


「美咲の大好物、豆腐ハンバーグよ!」


「やったー! 絶対早く帰ってくるからね!」


専業主婦の母は、近所でも有名な料理上手だった。

いつも明るく優しく、時には厳しいけれど、最高のお母さん。


「俺も嬉しー!」


毎回どこからか現れるのは、実家の豆腐屋を継いだ父。


父の作る豆腐は有名で、近所のスーパーには勿論、様々な飲食店でも提供されている。


冷奴で美味しい豆腐、鍋で美味しい豆腐……沢山種類があって、どれも研究を重ねて出来た力作だ。


家族構成は、父と母と私の3人だけ。

祖父母は私が生まれて間もなくに亡くなって、それ以外の親戚とはあまり関わることはなかった。


「美咲~、おっはよー! 学校遅れるよ!!」


「今行く~。」


朝食を食べてから、晩御飯が何か聞く……美咲の1日はここから始まっていた。

その後に2階の自分の部屋で、高校の制服に着替える。

途中で近所に住む同じ学校の友達が、外から呼び掛けてくれるから、特別な事がない限り遅刻なんてしない。

恋はまだした事がなかったけれど、それなりに幸せな青春時代を送っていた。


しかし、高校二年生の時…親子三人でドライブをしていた休日で、美咲の人生は終わってしまった。

私には反抗期が無かったので、親子で出掛ける事に何の抵抗が無く、むしろ楽しみにしていた。


あの日も……お父さんがドライブをしようと誘ってくれて、親子3人で楽しく過ごせるはずだった。

しかし、山間のカーブ前で突如ブレーキが利かなくなり、ガードレールを突き破って崖に転落。

転落した時に意識は無かったのが、不幸中の幸いと言える。


崖は切り立っていて、高さもあったから助かるワケがなく。


そこで、父母と共に死んだ。

享年17歳、未練だらけの人生だった。

だけど、ここで驚くことが起きる。

私だけが死んだ後、一時的に幽霊になったのだ。

ガードレールを突き破ったはずなのに、自分が生きている……なんて信じられなかった。

信じていたら、地縛霊になっていたかもしれない。

まあ、検死されてる自分の遺体の前で目が覚めたから、信じるも何も無かったわ。

崖から落ちた遺体だったし、流石……としか言い様がない程の見た目。

自分を見て吐き気を催したのは、親友が私を実験台にしてメイクの練習をした時以来。

塗りたくられて面の様になった顔が、恋しくなる程の遺体……あの光景だけは忘れても良い気がする。


ちなみに葬式は母方の祖父母と、父の兄が中心になって取り仕切ってくれた。


そこで知ったのが、母の実家は由緒ある染め物屋で、豆腐屋との結婚は猛反対されたと。


だけど父を愛していた母は、駆け落ち同然で父と結婚したらしい。


だから、母方祖父母とは長年連絡を取っていなかった……母の両親が遺影に泣きながら謝っていたのは、幽霊ながら見ていられなかった。


初めて祖父母に会ったけど、こんな状況では会いたくなかった。




一方父の兄は、豆腐屋を継ぐのを断って、家を出て自分の会社を設立していたらしい。


追悼の手紙を読みながら涙する叔父は、次男なのに家業を継いだ父について、長く気持ちを込めて語ってくれた。


設立した会社が上手くいったのは、父が犠牲になったから……と。




だけど、私は知っている。


父は幼少期から豆腐屋になりたいと思っていて、必要ならば叔父に頼み込んで家業を継がせてもらおうとしていた事を。


酔っぱらって話していた父の姿を……今、叔父に見せてあげたいと幽霊ながら思った。




今回死んで、聞きたいけど聞くことが出来なかった、親戚との間柄を知れたのは事だけが、良かった事かもしれない。




ただ、無惨な遺体が火葬される瞬間や、自分の遺影を見ながら泣き続ける親友を見ているのは辛かった。


親友の背中をさすっても、手を握っても、抱き締めても……何をしても泣くのをやめなかった。




そして埋葬された時、目の前が暗くなってきて……気づけば体が暖かかった。


何故かは分からないまま、女性の声がして……私は泣いていた。

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