64話 ハートブレイク

 ざっぱーん。


 盛大に水しぶきをあげると、今日も俺は船から落ちて海へ沈んで行く。

 まあ、この一週間で積み荷だけはなんとか守るようにしている。そうしないと俺はバイト代を得るどころか賠償金を支払う為の借金で首が回らなくなってしまうからな。


「おー、今日もロイムが落ちたぞ」

「まあ、積み荷を落とさないだけマシになったもんだな」


 水夫たちが笑いながら、船上から手を出して俺を引き上げてくれる。


「ぐえええ、しょっぺえええ」

「おまえはいつまで経っても慣れねえな」

「しょうがねえだろ、こんな仕事初めてなんだからよ」

「それにしても遅えだろ、ガキだって三日もすりゃ慣れるってもんだぜ」


 んなこと言ったって、あんなにも揺れてバランスの悪い場所でどうすればいいんだ。

 おっさん達はもう慣れたもんかもしれないけど、俺はまだコツさえ掴めていない。

 軽い積み荷の時にはいいが、重い物となると俺はこんな感じで、すぐに体勢を崩して海に落ちてしまうので毎日ずぶ濡れだし。無駄な体力を使ってヘトヘトになってしまう。

 このまま闇雲にこの訓練を続けていても、はたして意味があるのかとさえ思えてきた。


「ロイムは反射神経が良すぎるんだよ」

「反射神経? まあ、俺は拳闘士だからな。反射神経がなけりゃやってけないよ」


 言い返すとおっさんは、チッチッチと舌を鳴らしてしたり顔で説明を始めた。


「おまえさんは、船の揺れに合わせて体重を足に乗せすぎなんだ。反射神経が良いもんだから右に左にすぐ反応して余計に船を揺らす。船の上じゃあもっとがっちりと両足で踏ん張らないとならねえんだよ」


 ついに見かねたおっさんが俺に助け舟を入れてくれる。


「いいか、踵は少し浮かせる程度で両爪先でがっちり地面を掴むように、その際少し内股気味に力を入れてみろ」

「こ、こうか?」


 言われた通りにやってみると、確かにこれだとバランスが崩れにくいような気がする。

 船が揺れた際、すぐに体重移動をして足を動かさないように、両足できっちり踏ん張れと言われた。

 俺は、新しい積み荷を運んでくるとすぐにそれを実践してみる。


 重さ約30キロの積み荷を背負って小舟の上にそ~っと降りると、爪先に力を入れながら若干内股気味に力を入れる。

 その瞬間船がぐらっと左手側に傾くのだが、左足を踏み込むのを我慢して両足に力を入れて踏ん張った。

 少しキツイ体勢ではあるものの、これまでのように左右にグラグラと揺られて海中にドボンというようなことはなく、揺れが収まるまでその場に留まることが出来た。


 そんな感じで俺は次の積み荷、次の積み荷といった感じで運んでいると、いつもよりも早く積み込み作業を終えていた。


 今日はちゃんと日の沈む前に予定量を終えたので、日当を貰いに行った時に親方が褒めてくれた。

 なんだかんだで、これまでできなかったことをできるようになることは、やはり嬉しいものだと俺は思うのであった。


 この後は拳闘士の宿舎に戻って、ボクシングの練習である。

 港での仕事も練習の一環ではるけれど、やはり拳を使った練習もしておかなければ感覚が鈍ってしまうので、ミット打ちとバッグ打ちは欠かせなかった。


「あーあ、中々にハードスケジュールなんだよなぁ。太腿と脹脛だってパンパンに張ってるし、このままだと一ヶ月後に試合どころじゃないぜ」

「でも、バンディーニさんの指示なんでしょ? あの人はロイムなら出来るってわかっていて言っているんだと思うの」


 俺が今愚痴っている相手はクイナだ。

 今日は港での仕事が早く終わったこともあり、時間がまだあるので会いに来たってわけだ。

 クイナは日に日に美人になっている気がする。

 男子、三日会わざれば括目して見よ。と言うが、女子なんて三日も会わなければ最早別人に見えるくらいに成長する、特に女性を象徴する部分が。


 ロイムも、もうすぐ18歳である。

 ここの所すっかり忘れていたが、俺の精神年齢は本田であった頃を入れるともう三十路を超えているのだが、肉体は精力溢れるティーンエイジャーなのだ。

 要するに思春期ど真ん中で、盛りが付いているだけと言うことである。


 ぶっちゃけ、やりたい。クイナとやりたい。

 あの、こぼれんばかりの巨乳を揉みしだきたい。

 そんなことを考えていたらムラムラしてきた。

 たぶん毎日、海に落っこちて死と隣り合わせの状態で生存本能が働いているのだろう。


 俺とクイナは二人、人通りのない畑道を歩いている。

 今がチャンスだ。押し倒すなら今しかない。

 大体、俺とクイナは付き合っているのだ。多分付き合っていると思う。俺はそう認識している。

 向こうだってまんざらじゃない筈だ。

 むしろいつまでも手を出してこない俺に対して業を煮やしている可能性だってある。


 するとおあつらえ向きに、ぽつりぽつりと雨が降りだした。


「やだ、雨が降って来た。ロイム、急ごう」


 駆け出そうとするクイナの手を掴んで引き留めると、俺は近くにあった納屋の中へクイナを引きこむ。

 そして、その場でクイナのことを押し倒した。


「ロ、ロイム? どうしたの急に?」

「クイナ、俺は君の事が好きだ。クイナは俺のことをどう思ってる?」

「ど、どうって? そ、それは……」

「それは?」


 俺の突然の告白にクイナは顔を真っ赤にして、目を少し潤ませて困惑している。

 可愛い、堪らなく可愛い。俺は我慢できずに、クイナの胸に手を伸ばした。


「きゃっ、ロイムやめて」

「どうして? 俺達は恋人同士だろ?」

「そんな、こんなのダメよ」


 もうここまで来てやめられるわけがない。

 俺は構わずに服を脱がそうとすると、クイナは大声を上げて泣き出してしまった。


「ク、クイナ? なんで泣くんだよ?」

「だって、ひっくひっく、私はロイムのことを大切な友達だと思っていたのに」


 え? とも……だち?


「私は農園のご主人に嫁ぐことが決まっているのよ」


 は? どゆこと?


 俺がその場で放心状態になっていると、クイナは乱れた衣服を元に戻しながら言った。


「ごめんなさいロイム。私の態度があなたに、なにか勘違いをさせてしまったことは謝るわ。でも、私にはあなたの気持ちに応えることはできないの」


 もうクイナの言っていることは右から左である。


「ロイム、私達はもう会わない方がいいと思う。さようなら」


 クイナは雨の降りしきる道を駆けて行ってしまうのであった。


 そして俺の恋は、勘違いであったというなんとも情けない幕を下ろすのであった。




 続く。

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