60話 アンダーグラウンドマッチ

 初めは誰もノッてこなかった。


 エドガーは自室で、裏拳闘試合を始めた頃のことを回想していた。

 子供の頃にコロッセオでの異種格闘技戦を見て以来、素手のみで何者にも負けない強さを身に着けることを夢見てきた。

 見よう見真似で始めた拳闘も、まさか貴族の自分が試合に出るわけにもいかず、その練習の成果を試す場所はないかと考えていた。

 

 普段から仲の良い貴族の友人と共に街に出ては、市井の真似事をするという不良行為をしていたエドガーは、貴族社会の息苦しさから解放されたかったのかもしれない。

 そんな折、悪友と共に入った市民のたむろする酒場で起こった出来事。

 なにやら酒に酔った若い男二人が口論になり喧嘩を始めたのだ。

 野次馬根性からそいつらに近づいて行くと突然殴りかかられた。

 エドガーはその一発でノックアウトされてしまったのである。


 信じられなかった。

 強い男に憧れ、拳闘士のようになりたいと訓練を積んできたつもりが、素人の一発で伸びてしまったのだ。

 しかしエドガーは懲りずに再びその酒場に顔を出す。

 よくよく見れば、市民とは言っても血気盛んな若い者や、ゴロツキばかりである。

 客と言えばどこの酒場もそんな奴らばかりで、毎晩の様に殴り合いの喧嘩が始まる。

 そうすると周りのギャラリー達は、やれやれと囃し立て、まるでコロッセオに拳闘試合を見に来る観衆のようになるのだ。


 そこでエドガーは思った。

 若い市民達こそ拳闘をすることにより、普段の生活で溜まった鬱憤を晴らしたいと思っているのではないかと。


 それからエドガーは友人達を説得し、足繁く夜の繁華街に通うと、連日喧嘩に明け暮れるようになった。

 半年もしない内に、エドガーは知る人ぞ知る喧嘩の帝王に君臨する。

 そしてエドガーは飲み仲間達に言ったのだ。


「俺に勝つことができたら、名誉と金をやるっ!」


 最初は皆、エドガーの冗談かと思い笑ったのだが、金欲しさに何人かが挑戦をしてきた。


 その頃には百戦錬磨のエドガーは負け知らずであった。

 どんな腕自慢も、力自慢も、巨漢も見事に返り討ちにしていく。

 次第にどうせエドガーには勝てやしないさとそんな空気が流れ始めた。

 そこでエドガーは更に一計を案じる。

 ルールを設けようと言いだしたのだ。


 一定の範囲内で、拳のみでの一対一での戦い。

 武器を使用するのは禁止。

 時間制限を設けてその間に倒せなければ負け等。


 そのルールを守れば、何度でも挑戦は可能としたのである。

 

 そして1年が経つ頃には、挑戦者達の目的が変わり始めた。

 対戦相手はエドガーだけではなく、他の客同士でも行われるようになり。

 独自のルールを作り上げて行ったのだ。


 酒場の店主達も店内で暴れるより、拳闘をしてくれた方が良いし。

 なにより、その試合を見る為に客が来るので、ショバ代を払わずとも拳闘試合場として酒場を使うことを黙認する所もあった。


 もう3年も前の話である。

 この3年でコロッセオでの拳闘試合の人気は一気に低下していった。

 しかし、場末の酒場では今でも人気の競技なのである。


 だからこそ、エドガーは拳闘をもっと世間に広めたかった。

 こんなアンダーグラウンドで行われる、日陰者たちの競技としてではなく。

 もっとしっかりとしたルールを体制化することができれば、もっともっと才能に溢れた拳闘士達が出現して、また人気競技にすることができると思ったのだ。


 そんな時に舞い込んできたのが、ロゼッタ・マスタングとの縁談の話であった。

 女だてらに父親について回り、商人達と商談している跳ねっ返り娘であると聞いた時は、随分と変わった娘だと思った。

 マスタング商会のことは当然知っていた。

 エドガーは、商会の金が欲しいだけに出てきた縁談であろうと思ったが、ロゼッタのことを調べて行くに連れて興味を持ち始める。


 その娘が、拳闘士達の待遇改善と試合の進行を変えることはできないかと、ある商人に話したことがあると知ったのだ。

 その商人は、一商人の娘が随分と変な話をしてくるもんだと思ったので、覚えていたと言う。

 エドガーは、縁談を持ちかけられた相手が、まさか自分と同じ考えを持つ、しかもそれが女であると知り、これは使えるのではないかと考えたのだ。




*****


「君は優しいのか、冷酷なのかよくわからないね」

「現実主義者の商人よ」

「ははは、言えてるね。そうさ、君の言う通りだ。あれでは、あんな簡単に拳闘士が死んでしまっては、まるで技術は進歩しない。これでは拳闘試合は単なる殴り合いのままでまるで進歩しないままなんだよ」


 そこでエドガーはかまをかけてみることにした。


「君の所の拳闘士達だって、どうせ使い捨てなのだろう。本来の実力を出し切る前に試合で壊れてしまうか、死んでしまうかのどちらかに違いない」


 そう切り出すとロゼッタが黙り込んでしまったので、所詮は口だけかと思うのだが。


「……じょうだんじゃ……ないわ」


 ロゼッタが何かを言ったのが聞き取れず、エドガーは顔を上げる。

 その時、エドガーは唖然としてしまい言葉にならなかった。

 自分を睨み付けるロゼッタの瞳に気圧されて何も言えなかったのだ。


 その瞳には、深い怒りと悲しみが宿っているように感じた。

 そしてそれが、深い深い自責の念から来るもののようにエドガーには感じられた。


「……なら……負けないわ」

「え? 誰だって?」


 ロゼッタは躊躇しているように見えたが、大きくかぶりを振るとキッとエドガーのことを見据えて言い放った。


「ロイムなら、あなたなんか相手にならないくらいの技術と実力を備えているわっ!」



 続く。

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