27話 技術を超えるもの

 部屋対抗勝ち抜き戦に向けての特訓が始まった。


「まずは、それぞれの長所と短所を把握し、伸ばすところは伸ばし改善するべきところは改善する」


 バンディーニは一人一人の長所と短所を告げていく。


「まずはディック。おまえの長所はなんと言ってもその身長とリーチの長さだ。相手の間合いの外から攻撃を仕掛けられるのは実に有利なものだね」


 バンディーニの言葉に自信ありげに頷くディックであったが、バンディーニは続けて短所を告げる。


「しかし、おまえはそんな長所があるにもかかわらず、受けに回ることが多すぎる。折角先に攻撃を当てられるのに、先に相手に攻撃をさせて懐に踏み込まれてしまったら、その長いリーチはかえって邪魔になってしまうよ」


 その通りであった。

 俺も何度かディックとスパーリングを行って気が付いたことだ。

 ディックのロングリーチから繰り出されるジャブは、非常に厄介なものであった。

 しかし、こちらが先手を仕掛けると受け身に回る癖があり、フットワークのあるものなら簡単にインに踏み込めるのだ。


 ディックは長所を活かすための、先手必勝スタイルを身に着けるのが課題となった。


「次にヤク。おまえのスタイルは変則ファイターと言える」

「変則ファイター?」

「そうだ。おまえは運動神経が抜群だからね。それに目もいい。インファイトもアウトファイトも熟して。パンチも多角的に出せる非常に運動量の多いタイプのボクサーだ」


 バンディーニの言葉にヤクは得意気に胸を張った。

 しかし、この後出て来るバンディーニの言葉を俺はもう想像できている。


「圧倒的に練習量が足りない」


 俺とバンディーニは同時に驚き、その言葉を発した人物を見た。

 それはロワードだった。


「ですよね師匠せんせい?」

「そうだな、ロワードの言う通りだ。しかしそれは、サボっていると言う意味ではない。変則的であるが故に、インファイトもアウトファイトも熟さなくてはならない。どちらかのファイトを徹底的に詰めていくということができない為の弊害とも言える」


 これもその通りだった。

 ヤクのような変則ファイターは、自然とそのファイトスタイルを身に着けていることが多い。その為、練習によって伸びたテクニックではないので、なにを突き詰めて練習すればよいのか難しいのだ。


「じゃあ、どうしたらいいんだよぉ?」

「そうだな。練習はこれまで通りにスタミナをつけつつ、より実践に近いスパーリングを熟すことで、今のファイトスタイルを伸ばしていくのがいいだろう」


 そして次はロワードである。

 実を言うと、ロワードはかなりのセンスを持ったボクサーだった。

 この1ヶ月半ほど一緒に練習をしてみてわかった。


 俺と試合をした時のような、嫌味な性格はどこへやら。黙々とストイックに練習を熟す姿は正にボクサー然としており、正直俺は見直すと言うか、見習わなくてはいけない部分も多々あると思う程に、ロワードは成長していた。


「ロワードは、正統派のファイターだね。相手と接近し素早いジャブとコンビネーションでノックアウトする。地味だが、これの出来るボクサーは総じて強者だ」


 ロワードの眼の色が変わる。

 自分を強者と称してくれたことがやはり嬉しかったのだろう。


「短所はそうだね。やはりディフェンスかな。コンビネーションパンチが決まって簡単に相手が倒れてくれればいいけれど。中にはとんでもないタフネスな選手もいる。そういった相手との殴り合いになった場合、防御は重要になってくるんだ」


 バンディーニは、優秀なトレーナーだ。

 選手の特徴をしっかり見抜きそれを指摘できる眼力と、その改善の仕方をちゃんと指導できる。


 それに、ミット持ちの名手でもあると俺は思った。

 前の世界の俺のトレーナーには悪いが、バンディーニの方がはっきり言って上手い。


 ボクサーが気持ちよく打てるようなリズムに持ってくのは勿論。ミットの位置の的確さに俺は舌を巻いた。

 バンディーニとの練習で身に着けたパンチならば、どれが入っても相手にとっては嫌らしい急所になる。

 そんな部分に的確にミットを持って行く技術が本当に上手かった。


「次はロイムだな」


 そう言うとバンディーニは、少し溜めてから話し出す。


「君は最初に短所から言おうか」

「なんだよ急に俺だけぇ」

「まあいいから。君の短所はその過度な自信だ」


 バンディーニの言葉に他の皆は、あーなるほどぉ、といった感じで頷いているのがなんだか腑に落ちないぜ。


「ボクサーたる者、自分の強さに自信を持つことは大いに結構だ。むしろ、自分のことを弱いなんて思っている奴なんか話にならないからね」

「だったらなんで短所なんだよぉ?」

「言っただろう、“過度な”と。君はその類稀な知識と才能から、他の選手よりも自分は優れていると思いがちだ。それが隙になる。悪く言えば相手を舐めて掛かりすぎなんだよ」

「そんなこと……」


 言いつつも、ぶっちゃけそれはあると思った。

 まがりなりにも俺は、日本タイトル戦まで行ったボクサーだ。

 そんな俺のボクシング知識が、こちらの拳闘士に劣るとは到底思えない。


 しかしその知識が、今のこの身体に技術として備わっているかと言われれば、答えはノーだ。

 知識に技術が追い付いていない。そこが隙になると言われれば確かであった。


「言いたいことはわかるかな?」

「はい……たしかに」

「まあ、君ならばすぐに知識に見合った技術を身に着けるとは思う。けれど、それ以上に肝に銘じて欲しいのは、拳闘試合は命の取り合いにもなるという事だ」


 バンディーニの瞳は、先程までよりも真剣さを増す。


「セルスタのような天才を目の当たりにして思い知ったはずだ。命のやり取りの場面では、往々にして技術を上回るものが存在するということを」


 俺はバンディーニの言葉に大きく頷いてみせた。


「まあ、短所はここまでにしてそろそろ長所を教えようか」

「いや、それはわかってるぜ! 俺の今の長所はフットワークだ!」

「ああ、違うね。あれくらいなら、出来る人ゴロゴロ居るでしょ。君は相当フットワークが下手だったんだね」


 バンディーニは鼻で笑いながら馬鹿にしてきた。


 ち、ちくしょう! そうだよ、俺は前の本田の時はフットワークに関してはまるでセンスがなかったんだよ!

 まるで子供がリングの上で地団太を踏んでいるみたいだからもういいやって、トレーナーが匙を投げたくらいだよ!


「じゃ、じゃあ、俺の長所ってなんだよ?」


 バンディーニはいつものようにニヤリと口元に笑みを浮かべた。


「君は、自分自身では気が付いていないかもしれないけれどハードパンチャーだ。KOの山を築き上げることも夢じゃないと、私は思っている」


 信じられない言葉だった。


 俺が、KOを量産できる、そんなパンチ力を持つボクサーだって?



 続く。

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