腐令嬢、腑に落ちず
あまり人に漏らすのは良くないのではないかと躊躇ったものの、一応ゲームに関連する事案ではあるので、私はファルセがアンドリアにダンスのお誘いをした件についてをイリオスに打ち明けた。
果たしてその人物は、本物のファルセ・ガルデニオなのか?
まずはそれを確かめるべきだというイリオスの提案に乗り、私達は二人でその日の放課後すぐにサッカー部の練習をこっそり覗きに行った。
ゲームでは逞しい男らしさに満ちていた体躯はまだ未完成だったものの、幼さの残る顔貌も、ホワイトに近いベビーブルーの短髪にマリンブルーの瞳も、しっかりファルセというキャラならではのアグレッシブながらフレッシュ感溢れる特徴を捉えていた。間違いなく、彼こそがファルセ・ガルデニオだ。
またトカナが持ってきたレポートと文字を比較してみたところ、手紙の筆跡もファルセのものと一致した。
それでも、私はどうにも腑に落ちなかった。
ファルセはゲームの中で、リゲルが初恋だとは明言していなかった。だから本命のヒロインと出会う前に、別の子に恋をした経験があったっておかしくはない。
確かにアンドリアは目を引く美人だ。令嬢らしい縦ロールに彩られた顔は私と同系統の意地悪系だけれど、パーツのバランスが整っていて雰囲気にも華がある。お肌もツヤツヤだし、お手入れもメイクも手を抜かないし、ネフェロに影響されてお菓子作りまで始めてしまったというから女子力だってバリ高い。
気になるのは、ファルセが『全く面識のない相手に好意を伝えたこと』だ。
ファルセという人物は、簡単に一目惚れをするようなタイプじゃなかった。好感度が高くなっても最優先はサッカーで、こちらが彼に合わせなくては攻略不可能という典型的なスポーツバカだった。
そんな奴が、口も聞いたことのない先輩女子に告るか?
しかもスポーツ少女ならまだしも、いかにもお嬢様といった雰囲気の子に?
そこがどうにも違和感あるんだよなー。
「クラティラスさん、浮かない顔してますねぇ」
「うん……ファルセとアンドリアって組み合わせが、どうにもしっくりこなくてさぁ」
イリオスの言葉に、私は溜息混じりに返した。
本日も例によってイリオスが私物化した旧音楽室で、『クラティラス死亡フラグねじ曲げへし折りぶっ潰し大作戦』の会議を開いている。一応、週に一回開催しているのだが、言うまでもなくまだ何の進展もない。
今回に限って一つ挙げるとすれば、攻略対象の一人が周囲に接近してきた、ということくらいか。
「アンドリアさんをお誘いしたのは、僕も意外でしたねぇ。ファルセはサッカーバカですから、深い理解を示して支えになってくれる心の広い本編リゲルたんか、彼と同じくらいのスポーツバカくらいしか合わないかと……お、ハンドボールバカの大神さんとも相性が良さそうですぞ? どれ、せっかくだから狙ってみてはどうです?」
ここぞとばかりに、イリオスがミエミエのファルセ推しをかましてくる。
「うーん、ファルセは良い奴だけど、推しには一歩届かないって印象だったなぁ。ああいう爽やか系は、あんまり振り切った腐妄想の餌食にしにくいんだよ。だから夢女子人気の方が高かったね。どうしてもカップリングするなら、ペテルゲ様に無理矢理押し倒されて植え付けられた劣情に苦悩するか、いかにも天然受けなレオと接する内にいつしか心惹かれて『俺は何を考えてるんだ? あいつは男だぞ!? バカバカ、俺のバカ!』って苦悩するか……」
「バカはあんたですよ! まだ出会ってもいない攻略対象者達までBLの餌食にするのはやめてください!」
いい感じで妄想に突入しかけたところをイリオスに喚き散らされ、私は渋々萌え語りを止めた。
ちなみにペテルゲ様とは私の最推しだった俺様系の隣国の第四王子、レオは高等部から共に入学する庶民の子で、どちらもゲームにおける攻略対象者である。
イリオスはペテルゲ様と何度かお会いしているようだが、レオとは私と同じくまだリアルで会ったことはない。が、リゲルは既にレオと交流を深めている。
何故ならレオ・ラテュロスは、リゲルの幼馴染だから。
既知の仲というのもあってレオ攻略は割と易しいんだけど、今のところリゲルは彼にも恋愛感情を抱いていないようだ。
「とにかく、ファルセがアンドリアに恋したっていうなら精一杯応援しようと思う。うまくいって付き合うようになれば、リゲルとの恋愛フラグは立たなくなるんじゃね?」
私の提案に、イリオスも頷いた。
「まあ、それが最善でしょうなー。クラティラスさんも、とっとと恋愛フラグ立ててくださいよ? ダンスのお誘いはなかったようですけど、その麗しいヴィジュアルなら中身がゴミカスでも騙される奴がいるはずなんで」
こいつ、本当に余計な一言で嫌味上乗せしてくるよな。婚約者の第三王子っていうクソ邪魔なお荷物さえなけりゃ、私だって百千万億人くらいにお誘いされとるわ!
「そうね。外見の良さを中身のゴミクソカスっぷりで台無しどころか、マイナス無限大にまで貶めている誰かさんよりは遥かにマシですもの。きっと、どこぞのゴミクソカスクズな王子より素敵な相手が見付かるわよねえ?」
目には目を、嫌味には嫌味を、ということで私は令嬢らしくお淑やかな口調で応戦した。
中身はゴミクソ、しかし外観は最推しの反撃に、イリオスが悔しいんだか萌えてるんだかよくわからない表情で睨む。
それから十五分程、我々は視線で互いを刺し殺さんばかりにガン付けし合いながら、いつもの幼稚な口論を繰り広げてから解散し、この日の作戦会議は恒例の如く時間を無駄にしただけで終わった。
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