腐令嬢、遊ぶ


「よっしゃー、タガメ探すぞー!」



 この日のために履き慣らしたマリンシューズを脱いで川に駆け込もうとした私だったが、背後から服を掴まれてのめった。



「あ、あのっ、クラティラス先輩! わ、私もご一緒していいですかっ!?」



 見るとトカナが、真っ赤な顔で私のカーディガンの裾を握りしめている。ロイオンも可愛いが、こちらの眼鏡っ娘もプリティなのだ。



「ええ、もちろん。濡れても平気? 虫は大丈夫? 私、今日は何としてもタガメが獲物を捕食する様を見たいのだけれど、そういうのはお好きかしら?」


「え、えっと、捕食シーンはちょっと……で、でもクラティラス先輩のためなら頑張りますっ!」



 トカナの答えを前向きに捉え、私は彼女を伴って川に足を踏み入れた。深いところで膝くらいあるみたいだけど、流れは穏やかだから水遊びに慣れてないというトカナも問題なさそうだ。んー、冷たい水が気持ち良い!



「あ、魔王クラティラスが攻めてきたぞー! 倒せ倒せー!」



 ところが蒸れた足を冷やす心地良さに浸る間もなく、いきなりクロノから顔面に水鉄砲の洗礼を受けたじゃないの。

 しかもクロノのみならず、リゲルやら白百合の男子達まで一緒になってバキュンバキュンやってくる。おかげで私は、五分も経たない内にびしょ濡れにされた。巻き添えを食って、トカナまで水を浴びせられてたし!



「待て、このやろー! 貴様ら、まとめてシバいたらぁぁぁ!!」



 可愛い後輩の分も復讐すべく、私はスカートの裾をたくし上げて水飛沫を散らし、鬼の形相で奴らを追い回した。その姿は、憧れのお姉様とは程遠かったに違いない……。


 あ、置き去りにしちゃったトカナは、イリオスがタオルを渡してケアしてくれたよ。おまけに二人で仲良く水中を散策して、タガメを発見したんだって。あいつ、本当にいいとこばっか持ってくのな!


 私の方は念願のタガメとの遭遇は叶わなかったけど、皆と一緒に川魚をたくさん捕まえた。家が南部で魚屋さんをやっているという男子曰く、食べられる魚だとのこと。なので今夜のバーベキューで焼き魚にすることに決定した。


 用意してもらったバケツに魚を入れて護衛の人に引き渡したところで、森の方から悲鳴と歓声が聞こえてきた。


 駆けつけてみれば、何とステファニが掌サイズのデカいバッタを捕えていたではないか。ステファニ、マジリスペクト!


 リコとデルフィンは腰を抜かして泣き叫んでいたけれど、アウトドア大好き一家のドラスと人外萌えのミアは大喜びしていた。しかし、その後すぐにどちらがそのバッタをもらうかで取っ組み合いのケンカになっちゃったというね。


 皆、知ってるか……? この二人、野生児じゃなくて三爵令嬢なんだぜ……? 本人達も忘れてるようだがな……。


 せっかく陸に戻ったんだから、自分も何か面白い虫を探したいと木登りしたら、そこから何故か木登り対決が開始した。


 これはもう、リゲルの独壇場だった。私はもちろん、林業経営で木登りには慣れてるって男子も、ずっと鍛えてきたステファニでも追い付けないの。猿ってより、リスみたいにスピーディな登り方なんだよね。


 パンツが見えるかも、と下でウキウキ期待して構えてたクロノがガックリ肩を落としてたわ。あの速さじゃ、スカートでもパンツは見えないだろう。


 でも、見なくて正解だよ……あいつ、可愛い顔してパンツの趣味だけはクソほど悪いんだもん。


 ちなみに今日は、目にも鮮やかなショッキングピンク地に全面目玉がプリントされたパンツだった。目の前でコケてスカート捲れ上がってケツ丸出しになった時に見ちゃったんだけど、お泊まりの日にわざわざこんなパンツ選ぶなんて頭おかしいんじゃないかとすら思ったわ。



 散々遊び尽くして濡れた服も乾いた頃、喧騒から離れて静かな場所で美容トークをしていたロイオンとサヴラが戻ってきた。


 二人が戦利品として持ってきたのは、良い香りのする白い花。ロイオン曰く、これを浮かべたお湯に浸かるとリラックス効果がある上にお肌にも良いんだって。


 予想通り、サヴラの顔貌は別段変わってなかった。けれどくちびるに差した紅の色がいつもの桜色ではなく、クリアなレッドになっている。聞けば、ロイオンが果実を潰したものを塗ってくれたのだという。



「こちらのカラーの方が、サヴラさんには映えます。濃くするとケバケバしくなりますが、内側からグラデーションを作るようにふんわり塗り広げると儚げな中にも少女らしい血色感がプラスされて印象深い雰囲気になるはずです」



 と、アドバイスを受けたそうだが…………くっ、確かに。前と比べると、リップがアクセントになって肌の白さがより際立って見えるようになったし、顔全体がより華やかになった気がする。


 悔しそうに歯噛みする私に満足したようで、サヴラは勝ち誇った笑みを浮かべてみせた。



「ありがとう、ロイオン。感謝するわ。あなたは本当に物知りなのね。ねえ、良かったら、もっといろいろと教えてくださる? 草花だけでなく、体に良い食事や習慣などについても知りたいの」


「は、はい! ボクで良ければ喜んで。あ、あのぅ……食べ物そのものに限らず、実は食べる順番などにもいろいろあって……だからその、バーベキューでもご一緒してもよろしい、ですか?」



 ロイオンが、恐る恐るといった感じでお誘いする。サヴラは一も二もなく頷いた。



「ええ、お願い。このお花、いただいても構わないかしら? 早速、今夜の入浴に使ってみたいの」


「も、もちろんですっ! そ、それなら花を湯につける前の、下処理についてお話しますね」



 建物に戻る道中でも二人は盛り上がり、ずっと話し続けていた。



 すげーよ、ロイオン……我が家に来た時はリゲルの後ろに隠れていたヘタレだったのに、お誘いしたり話題を振ったり、超頑張ってるじゃん。



「ロイオンは本当に頑張り屋ですなー。誰かさんにも見習ってほしいものですよ……少しは女子らしいところを見せてアピールすればいいのに、誰かさんときたら第二王子に水中キャメルクラッチを決めて男子全員をドン引きさせてるんですからねぇ……」



 私の真横から、ボソリとイリオスが零す。


 う、うるせーな! 私だって相手が出来たら押して押して、ひしゃげて原型留めなくなるくらいまで打撃食らわすし!?

 そんで決め技に、背負い投げでシュート決めてゴール取ってやるもんね!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る