腐令嬢、計らう


 クラデレラス&セミオスと化した我々はやっとのことで元の姿に戻り落ち着くと、ランチを終えて待機していた皆を連れ、再び本日の遊び場となる地へやってきた。



「イリオス様、ここでどんな遊びをなさるの? あたくし、こういった場所は不慣れなものですから、できれば優しく教えていただきたいわ!」



 が、何をするか説明する間もなく、早速サヴラは私を押し退け、ゴブリン化してイリオスに迫った。



 こいつ、タガメ化してイリオスの血肉を貪るつもりか? いいぞ、やっちまえ! 奴の脂肪ごと私の死亡フラグもついでに吸い尽くしてくれ!


 ……と応援したいのは山々だけれども、今はロイオンが優先だ。



 慌てて私は、ぐいぐい躙り寄るサヴラと引き攣り笑顔を向けながらも後退して距離を取るイリオスの間に割って入った。ったく、油断も隙もないんだから。イリオスもさっきみたいにセミ化して、ブンブン飛んで逃げりゃいいのに。



「ここでは、皆でバトルをするのよ!」



 サヴラを睨んで牽制のポーズを取りつつ、私は皆に聞こえるよう大きな声で告げた。



「ええと……バトルといっても、そんなに難しいものではありません。川で面白いものを探す、もしくは森の中で面白いものを探す、それだけです」



 タガメサヴラの餌食にならずに済んだ安堵のせいか私の言葉足らずを嘆いてか、溜息をつきながらイリオスが補足説明を加える。



「ちょっとクラティラスさん、待ってよ! 私、バトルなんてできないわよっ!? 特に虫とか、例えば虫とか、強いて挙げるなら虫とか、そういうのには触れないの!」



 真っ先に吠えたのは、リコだ。彼女の隣にいたデルフィンも、蒼白した面持ちで頷く。お二人共、虫は苦手らしい。



「別に無理して虫に触らなくてもいいのよ? 確かに虫はインパクトが大きいけれど、綺麗な石や草花だって『面白いもの』の範疇でしょう?」


「そ、そっか……そうなのね。よ、良かった」



 ホッとした様子で、リコは長袖のパーカーを着た胸を撫で下ろした。


 厚手のパーカーに加えてキャップやらストールやらまで装備して、さらに軍手まで着用してきたのは、単に虫が怖かっただけか。キキキ、完全無欠なリコの弱点を発見したぞ!



「でしたら殿下、あたくしと」



 再びイリオスに近付こうとしたサヴラだったが、そうは私が許さない。



「あっららぁー、サヴラったらお高そうな靴を履いているわね? それじゃ川に入るのは厳しいでしょう。森の方も足場が悪いから、大変よねえ?」


「こ、このくらい平気よ……多分」



 強がってはみせたけれど、サヴラも自分の足元を見て自信なさげに語気を弱めた。ヒールは低いものの、華奢なアンクルストラップにラインストーンの飾りが付いたパンプスは、はっきり言ってこれから行う遊びには不向きだ。



「サヴラさんは無理せず、ゆっくり辺りを散策してみてはどうでしょう?」



 ここでイリオスがすかさずサヴラに提案する。



「せっかく来てくださったのですから、僕もサヴラさんには楽しんでいただきたいのです。無理に付き合わせて足を傷めてしまっては大変ですし、僕も心が痛みます」



 ちっとも心痛まなさげな口振りで、もっともらしい台詞を吐くと、奴はちらりと私を見た。



「あ、ああ、そういえば女子の散策に持ってこいの人がいるのよー。野の草花に詳しくて、美容に効果のある使い方まで知っているの。彼とお話すれば、今よりもっと綺麗になれるかもしれないわねー」


「あら……そんな素晴らしい知識をお持ちの人がいるの?」



 ダメ元で推したのだが、意外にもサヴラは翡翠色の瞳を好奇心で輝かせた。お、食いついた?



「ご存じないかしら? 白百合支部副部長のロイオン・ルタンシアよ。彼のお家は、有名なコスメブランドを販売しているの」


「ああ、『ルタンシア』の名は知っているわ。あたくしも基礎化粧品は『ルタンシア』のラグジュアリーシリーズをライン使いしているもの。それで、ロイオン・ルタンシアってどの人?」



 …………あなたの後ろで泣きそうな顔をしている人ですよ。



 合同会議で何度も顔を合わせているし、ロイオンから挨拶もしていたというし、おまけにさっき荷物を持たせたというのに、さっぱり覚えていなかったのね。


 改めてロイオンを紹介すると、サヴラはジロジロと不躾なほどに彼の顔を眺め倒した。その結果、この美肌に偽りなしと納得したようだ。



「えーと、そうですねー、しかしサヴラさんの美しさがこれ以上増すと困りますなー。ロイオンは美のスペシャリストですからねー。夜の花火の時には、直視できないくらいになっているかもしれませーん。あーあー、楽しみなようで怖いですなー」



 殿下もご一緒に、とサヴラが誘おうとしたのを見計らい、イリオスは例の棒読みで追撃をかました。



「まあ……ご婚約者の前でそんなことを言ってはいけませんわ。でも、とても嬉しいです。どうぞ、楽しみにしていてくださいませ」



 可愛らしく頬を染めると、サヴラはロイオンと共にいそいそと散策に繰り出していった。



「単純ですねぇ……」

「ああ、単純だなぁ……」



 二人の後ろ姿を見送ると、私とイリオスは小さく呟き合った。


 いくらロイオンが美容に詳しいからって、数時間でそんなに顔が変わるわけなかろうが。貴族の御婦人御用達の高級エステに足繁く通って小顔マッサージ繰り返してるお母様でも、ミリ単位で変化したかどうかってレベルなんだぞ。



 とにかく、二人きりにさせることは成功した。あとはロイオン次第。


 あの調子ならサヴラがイリオスにちょっかいかけに戻ってくることはなさそうだし、私も自由に遊んでいいよね!

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