腐令嬢、デレる
宿泊する部屋は女子は二人で一ルームが四つ、男子が三人で四つといった具合に割り振られた。王子はそれぞれに一部屋が与えられている。
私はサヴラと同室。わかりやすく、一爵令嬢同士でまとめられたというわけ。
サヴラのことだから、お前なんかと一緒に寝られるか、出て行け一人にしろと喚かれるんだろうなーと思っていたんだけれど。
「え、追い出さないの?」
「あ、当たり前じゃないの。あたくしに一人で寝ろというの? 言っときますけど、勝手に別の部屋に行ったら全部屋ノックして引きずり出しますからね!」
荷物を置き、冷やしたハンカチで首元を拭っていたサヴラが歯を剥き出して威嚇する。あらぁ、強がってらっしゃるけど、見知らぬ場所じゃ一人でねんねもできない寂しがり屋さんだったのねぇ。
「じゃ、もうランチもできてる頃だろうし私は先に行くよー。あー、お腹空いたー」
「きゃあ、待って待って! 置いていかないでー!」
私が立ち上がると、サヴラはハンカチを放り出してバタバタと付いてきた。
やっば……初めてサヴラを可愛いと思ったわ。こいつってば、ツンデレだったのかよぅ。
再び戻ったダイニングでは、既に昼食が準備されていた。イリオス達と一緒にやってきた料理人が前もって下ごしらえしておいたらしく、ワンプレート式でもゴージャス且つ美味しい。
しかし、好き嫌いが多いサヴラはあまり食べられるものがなかったようで、隣でグチグチ文句を垂れていた。あんまりにもうるさいから、近くに座っていた子に声をかけて好物と交換してやったよ。ロイオンも喜んでサヴラに食物を捧げ渡してくれた。
お肉は苦手だけどソーセージやハンバーグのように加工してあるものなら大丈夫、野菜は青物が全般的にダメ、果物は何でも好き……と、こんな些細な情報でも、ロイオンは好きな人のことを知れて嬉しかったみたいだ。
食事を終えると、本日の交流会のメインとなるレクリエーション。
といっても建物の裏手にある区画で付き添いの監視の下、安心と安全を心掛けて遊ぶだけなんだけど、それでもイリオスと二人で先に下見に行って驚いた。建物のある表側からは考えられないほど、ザ・森! って感じだったから。
背の高い木々が生い茂っているものの、ぽかりと大きく拓けて陽が差し込む様は、去年の課外授業で迷い込んだ北の森の泉があった場所に似ている。こちらは泉の代わりに、幅二メートルほどの浅い川が緩やかに流れていた。
でっかいザリガニいるかな? いやいや、狙うはタガメ様だ!
なーんてニヤニヤしてから、私は肉食性昆虫よりも獰猛な肉食獣の存在について思い出した。
「ねえイリオス、この合宿ではサヴラに近付かないでくれる?」
付き添いである護衛の者と、どの程度の遊びまで許容されるかを相談していたイリオスは、不思議そうに私を見た。
「はあ……? 合宿でなくても近付きませんけど」
我々の会話を『あの綺麗な子によそ見しちゃイヤよ、ダーリン』『いつだってキミだけさ、ハニー』的なものと勘違いしたらしい。ちょっと周辺を見てくると言い残して慌てて退散した護衛達によって、私達は二人きりにされた。不本意だが、今は好都合だ。
そこで私はイリオスに、ロイオンの恋について打ち明けた。
「じゃあ……ロイオンが『トラウマレベルの失恋』をする相手とは」
「そう、サヴラみたいなの」
大きな木の根元に並んで腰掛けた状態で、イリオスは木漏れ日注ぐ空を仰ぎ、私は大地に視線を落とした。ポーズは違えど、憂いの心は同じだ。
「小悪魔サヴラたんなら、ロイオンの純な心を砕くくらい余裕でやりそうですなー。やれやれ……立派な百合者に育成したとはいえ、こちらは避けられませんでしたか」
イリオスがしょげるのも無理はない。
『ロイオンの失恋を防ぐ』――これが叶えば、ゲームとは異なる未来を拓くことができるという事実を証明できたのだ。そうすれば、彼の推しである『クラティラス・レヴァンタの死』を回避できる可能性も見えたかもしれない。
けれど落ち込む彼とは裏腹に、私にはやっぱり、といった思いの方が強かった。
ゲーム本編の年齢に近付くにつれ、諦めがどんどん大きくなっていく。そして、それを静かに受け入れている自分がいる。
この世界は、私の死を求めている。
クラティラス・レヴァンタの死がなくては先に進めないと、この身に触れる世界全体が声なき声で訴え、体内から脳内までを支配していくのを感じる――ような気がする。
でも、だからといってゲームで辛い思いをする者がいるとわかっているのに、みすみす見捨てられるか!
「サヴラはきっと、イリオスに近付くためにこの合宿に参加したんだと思うの。だから私が婚約者としてサヴラをイリオスに近付けないようにして、あとはロイオンにうまくやってもらって、少しでも好感度を上げて……」
「失恋するにしても、トラウマ級にならない程度に軽減させようというのですな。確かに、我々にできることといったらそのくらいしかありませんなー」
続きを口にし、イリオスは大きく溜息を吐き出した。
「…………それでクラティラスさんは、らしくもなく暗い顔をしているんですね」
イリオスに言われて、私は思わず自分の両頬を押さえた。
「え、私、そんな陰気な顔してた?」
「してましたよ。この世の終わりというか、この世界の全てのものに嫌われたみたいな、悲壮感漂う表情をしてましたぞ」
こっそりと、未来に向けて嫌な想像を馳せていたのがバレていたようだ。だけど恥ずかしいだとか、悔しいだとか、
「大丈夫です、クラティラスさん。あなたは僕が守ります。あなたの未来は、この僕が変えてみせますから」
イリオスに向けられた笑顔を見て、代わりに湧き上がったのは――――泣きたいような切ないような、くすぐったいおかしな気持ち。
「えっ、ちょ…………何ですか!? 何でそんな顔……ああっ、ズルいですぞー! そんな、見たこともないような『可愛らしい乙女な表情』をするなんて! 萌えです萌えです、萌え不可避ですーーん!!」
叫びながら、イリオスはセミよろしく木に抱きついて幹をガリガリと引っ掻きながら悶え狂った。
どんな表情をしたのか、自分ではわからない。
けど顔がめっちゃ熱いし……何より、こいつの凄まじい反応を見れば、とんでもないものを披露してしまったことくらいはお察しだ。
…………ああっ、最低最悪だ!
よりにもよって、江宮なんかにデレてしまった!!
クラティラス・レヴァンタ、一生の……否!
しかしこのように、頭の中がカオスになったおかげで私は気付くことができなかった――――密かに我々の様子を窺い続けていた者の存在を。
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