腐令嬢、訪問す


 捕まえて話を聞いてもらうだけの簡単なお仕事です、なんて余裕こいてた私だったが……己に課せられた任務の難しさをすぐに思い知らされた。そして、早々に詰んだ。


 というのも、あれからリゲルが徹底的に私を避けるようになったせいだ。


 教室ではもちろん、他の移動授業でも教師が来る直前まで忍者みたいに姿を隠している。体育は体操着がないからいつも見学。昇降口で待ち構えてるのに気付かれると、以降は登校時間を変えられた。帰りはこれまた忍者化してドロンと消えてしまう。おかげで作戦会議から一週間経っても、私は彼女の五メートル圏内に入ることすらできなかった。


 それに拍車をかけて、イリオスの案ってのがとてつもなくひどくてさー……。あんなもん、私の手には負えねーよ。奴のクソみたいな原案のままじゃガバガバすぎて、はっきり言って勝機はない。


 あれをどうにか形にできるのは、リゲルみたいな『優秀なる物語モノガタリスト』だけだ。


 そのこともあって一生懸命リゲルに接触を図ろうとしたんだけど、逃げ足は早いわ知能は回るわで、ちっともうまくいかない。あとは私にかかっているというのに。


 もどかしさに噛み過ぎた爪とくちびるがボロボロになった頃、私は思い切って『外』で行動に出ようと決めた。休みの日に、リゲルの家を訪れることにしたのだ。


 場所だけは教えてもらったものの、まだ彼女の家には行ったことがない。ボロっちいし狭いし、とても見せられたものじゃないからと拒否され続けていたので。


 リゲルは北の森を出てからずっと、母親と二人暮らしだという。彼女のお母様とは、去年の入学式に初めてお会いした。娘のリゲルとよく似た可愛らしいお顔立ちと繊細で透明な雰囲気がどことなく浮世離れした空気感を醸し出す、不思議な方だった。なのに話してみるとリゲルと同じく、ちょっと暴走しがちだけど明るくて朗らかで――家族に虐げられた挙句に北の森に捨てられ、そこで出会った『人ならざる者』と結ばれて一人娘を産んだなどという数奇な過去の気配など微塵も感じられなかった。


 彼女のお母様に直接聞いたのでもなければ、リゲルから打ち明けられたのでもない。『アステリア学園物語〜星花せいかの恋魔法譚〜』において、ヒロインはそういう設定なのだ。


 お宅に押し掛けるとなると、リゲルのお母様にまでご迷惑をおかけしてしまうかもしれない。後でどれだけでも謝るから、今回だけは許してほしい。だってリゲルに会って話をしなくては、彼女を悩ませている問題は解決できないのだから。



 リゲルの説得を誓ってから、二度目の日曜日。


 頑張って早起きした私は、ステファニと二人で北の大通りを歩いた。眼鏡をかけてぐちゃぐちゃの三つ編みを作り、簡素な衣類を纏って庶民風に偽装するのは、久々である。ステファニもまた、いつものギブソンタックではなくキング・オブ・不器用な私がボッサボサのお団子頭に仕上げてあげた。


 商都区画まで送ってくれた護衛達と運転手は、大通りの目に付かない場所に車を停めて待機してもらっている。本当は一人で行きたかったのだけれど、そこはさすがに押し切れず、ステファニをお供にすることで何とか許しを得られた……という次第である。


 道中、もしかしたらと思い、リゲルが詩広場を開催していた空き店舗脇の路地も覗いてみた。


 残念ながらそこに彼女の姿はなかったけれど、あの頃のことを思い出して胸がいっぱいになった。


 ここは、私とリゲルが初めて出会った場所。


 当時のリゲルは伊達眼鏡と無表情で武装していた。男性恐怖症を隠すために。


 なのに数年後には、どんな男も華麗にカップリングできるようになるなどとは想像もしなかっただろう。ふらりと現れた令嬢によってBL沼に引きずり込まれ、その令嬢と心通わせて親友になるなんて、あの頃の彼女が知ったらどれだけ驚くことか。


 粗末な木箱に座り、俯いて詩を綴るリゲルの幻影から目を逸らし、私は思い出の場所を後にした。



 リゲルの家は、北の大通りを突き当たり、細い小道を登ったところにあると聞いている。北の森とは数キロ程度しか離れておらず、何もすることがない時は家の屋根に上っては生まれ育った故郷を眺めていると彼女はよく話していた。


 しかしトゥリアン家に至る道程は、真っ直ぐ行って曲がるだけ、なんて単純なもんじゃなかった。その小道というのがただの獣道で、もちろん舗装もされておらず、辛うじて周りに比べると生えてる草が少ないかな〜というレベル。おまけに、二人並んで歩くなんて不可能な狭さで、ほとんど山登りと変わらない。


 すげーな、これを毎日上り下りして学校に通ってたのか。なるほど、私に来るなというわけだ。普通の令嬢なら、この道を見ただけでUターンするだろう。


 だが、私は普通の令嬢じゃない。前世じゃ鬼の部活動をこなした、元ハンドボール部エースの令嬢なんだからね!


 こちらではステファニに多少トレーニングをつけてもらう程度なので、大神おおかみ那央なおほどの体力はないものの、このくらいの獣道くらいなら余裕だった。虫もたくさんいたけど、コードネームGじゃなければ何でも来いだし。



「クラティラス様、あちらではありませんか?」



 先を進んでいたステファニが、前方を指差す。すると私の目にも、ぽつんと建つ木造の小さな一戸建てが見えた。


 その二階の屋根には、こちらに背を向けて座る女の子の後ろ姿がある。見慣れたブラウンベージュのボブヘアが静かに風に攫われ、柔らかに靡いていた。


 私はステファニと目配せし、なるべく音を立てないよう気配を殺して目的地へと向かった。


 何とかバレずにトゥリアン家に到着した我々は、こっそり打ち合わせてステファニがリゲルが顔を向けている家の裏側、私が逃げ道を塞ぐ形で唯一外界への通路がある家の表側にと二手に分かれた。



「リゲル!」



 息を吸い込み、私はリゲルの背に大きな声で呼びかけた。


 リゲルの肩が、離れていてもわかるくらいに大きく跳ねる。それから彼女は恐る恐る、こちらを振り向いた。



「話があるの! お願いだから降りてきて!」



 どうしてここに、と言いたげに瞠った黄金色の瞳は、しかしすぐに輝きを失って伏せられた長い睫毛の影に消えた。



「お話しすることなどありません。お帰りください」



 素っ気無く告げると、リゲルは再び顔を背けた。が、そちらにはステファニがいる。



「トゥリアン様! 聞こえましたら、すぐに窓をお閉めください! ビリビリ蜂の大群が近付いてきております! 娘のリゲルさんは我々がお守りいたしますので、どうか今はあなたの身とお宅の安全を優先し、速やかに行動してください!」


「ええっ、ビリビリ蜂!? やだー、刺されたらすごく痛いやつじゃなーいっ!!」



 家の中から慌てふためく声がしたかと思ったら、即座にガタガタと窓を閉める音が聞こえてきた。


 よし、これで退路を断つことができたぞ。ナイスだ、ステファニ!



「リゲル、諦めて話を……」


「聞きませんっ!」



 鋭く叫ぶと、リゲルは事もあろうか、こちらに向かって屋根から一気に飛び降りた。そして着地するや、唖然として固まる私を置き去りに、凄まじい勢いで獣道を下っていったではないか。


 猿か、あいつは!

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