腐令嬢、討議す
その日もリゲルとまともに話すことができないまま、放課後がやって来た。当然のようにリゲルは部室に現れず、帰宅してしまった。
リゲルをストーク……じゃなくて行動を見守っていたステファニによると、帰りは裸足だったという。今日は靴までやられたらしい。
それを聞いた私は、全力で走って追いかけ、彼女をお姫様抱っこして家まで送り届けてやりたい衝動に駆られた。誰がこんなことをしたと叫び、第三王子殿下の婚約者である立場を利用して、姑息な真似をする奴ら全員を公開生フルボッコ処刑にしたかった。けれどそれは、リゲルをさらに危険に陥れることになる。そして何より、私が関わることをリゲル自身が望んでいないのだ。
彼女が優しすぎるがゆえの、すれ違い。
いっそ、こんな思いをするくらいならお前も苦しめと、私に投げ出してくれたらいいのに。だけどリゲルは、絶対にそうしない。私が彼女を守りたいと思うように、彼女もまた私を守りたいと願っているから。
高等部に遠征していたステファニがクロノと一緒に戻ってくると、私は部のことをアンドリアに任せ、二人を伴ってある場所に向かった。
「ではこれより、『リゲル・トゥリアンを救い隊』による第一回対策会議を始めます」
椅子を並べて輪になって座った三人を見渡し開会宣言すると、その内の一人が恐る恐る声を上げた。
「あの……何で僕まで参加させられてるんですか? ここを貸すだけでいいって言ってませんでしたっけ?」
「うるせえ、黙れ。今は猫の手どころか、キモヲタの頭脳も借りたいくらい切羽詰まってんだよ」
イリオスが放った小さな不満などさらりと跳ね除け、私は軽く咳払いをして、第三王子殿下の秘密基地である旧音楽室を物珍しげに見回す二人に成果発表を促した。
「クロノ殿下のおかげで、侵入者の名前は全員判明いたしました。クロノ殿下と同学年である高等部一年生がほとんどでしたが、二年生や三年生、また中等部の生徒も混じっております」
「多分だけど、ディアスお兄様から俺に鞍替えしたんじゃないかな? ディアスお兄様は結婚しちゃったし、俺の方が可愛さでは勝ってるからねっ」
最後の発言はさておき、プリンセスを夢見る女子達がディアス様からクロノに乗り換えるというのはありえそうだ。
ディアス様の卒業式に、お祝いに来たアフェルナへ口汚い罵声を浴びせていた在校生のことを思い出す。あいつらなら、いじめくらいやりかねない。
「しかし、教室に侵入して持ち物に細工をした者など氷山の一角でしょう。恐らくですが、実行犯は一部の下っ端です。命じているのは、手を汚さず邪魔者を排斥したい、そしてそんな我儘を叶えてくれる取り巻きがいる、高位の令嬢だと思いますねぇ」
私の隣からステファニが監視カメラに映っていた者をまとめた名簿を覗き見て、イリオスが意見する。確かにそこに記されているのは、三爵以下の令嬢、もしくは庶民ばかりだった。
イリオスの見立てが正しければ、主犯格は一爵令嬢か二爵令嬢ということになる。取り巻きの面が割れているのだから黒幕が誰かは絞り込めるけど、相手が私と同じ一爵令嬢となると……いろいろと厄介だよねぇ。ただの子ども同士の喧嘩に留まらず、お家同士の問題に発展しかねないし。
彼女達は、リゲルを候補から消すという同一の目的で今は協力し合っているかもしれない。けれど、いずれはたった一つの正妻の座を賭けて争うことになる。潰し合いは、貴族社会じゃ常ですものね。だったら奴らだけで勝手にやり合ってくれてりゃいいのに、リゲルで試し斬りするなんて迷惑極まりないよ。
一応、クロノはリゲルへのアタックをやめると誓ってくれた。しかしだからといって、すぐに嫌がらせがなくなるとは思えない。逆にクロノがリゲルに気を遣って、表立った行動を取らなくなっただけだと受け取られて、影で何かしているんじゃないかとさらに疑心暗鬼と嫉妬心を募らせ、いじめに拍車をかけるかもしれない。
「相手が高位の令嬢……となると下手に手出しをすれば、逆にこちらが痛い目を見る可能性がありますね。クラティラス様がリゲルさんを庇えば、奴らは『第二王子の嫁に格下の女を唆して据え、王家を乗っ取ろうとしている』などとあらぬ噂を流し、レヴァンタ家まで貶めようとすることも考えられます。リゲルさんはもしかすると、ここまで予測して一人で耐える覚悟をなさったのかもしれません」
ステファニも、この事態に眉を寄せて嘆息する。
「むー……何ならいっそ、俺が皆まとめてお嫁さんにしちゃえばいいんじゃないかな? 正妻は生涯娶らないってことにして、仲良くハーレムすんの!」
悔しいけど、バカバカしさ満点のクロノの案が一番の解決策に思えた。仕方ない、ここはクロノに頑張ってもらって、ハーレムごと地底にでも引っ込んでいただくしか……。
「それでこの場は収まるでしょうけど、子どもができたら今度こそ主権を争って殺し合いになりますよ? それとも兄上は、生涯禁欲なさるおつもりですか?」
そこへすかさず、イリオスがツッコミを入れる。するとクロノは頭を抱えた。
「そんなの無理ぃ……俺、子どもたくさんほしいのにぃ……。将来はバスケチーム二つ作って、皆でゲームするのが夢なんだよぅ? それを諦めろっていうのぉぉぉ?」
「でしたら子作りをせずに済むように、争いの種となりかねないクロノ棒をとっとと切り落せば良いのではありませんか? それなら万事解決です。私もお手伝いいたします」
ステファニが目を輝かせて言う。わー、やる気満々だー。こんな嬉しそうにクロノに話しかけるステファニ、見たことなーい。
「そんなのやだよっ! でもぉ……ファニーちゃんが代わりに、俺の子をいっぱい生んでくれるっていうなら考えてもいいかなっ?」
「じゃ、ナシですね。ナシナシのナシです」
途端にステファニの琥珀の瞳は、いつものように絶対零度を超える勢いで冷たくなった。
「うーん、どうしたもんかな。要はそいつらに『リゲルをいじめてもプラスにはならない、むしろマイナスになる』って事実を叩きつけられりゃいいんだけど……クロノがいじめする奴なんてキラーイっつっても逆効果になるだけだしなぁ」
「リゲルさんがいじめの件をクロノ殿下本人にチクッたと思われて、ますますひどくなりそうですからね」
肩を落として悩む私、無表情のまま考え込むステファニ、見えない猫耳を垂らすかのようにしょげてるクロノ――――そんな黄昏背負った三人衆に、思わぬ案が突き出された。
「単純に、『恐怖を植え付ける』というのはどうですか?」
イリオスの発言を聞くと、私達は揃ってぽかんとした。
「恐怖って……リゲルをいじめたら怖いことになる、的な?」
私が問うとイリオスは頷き、口元に薄い笑みを浮かべた。
「身分が高かろうと、相手はまだ未熟な女の子です。むしろ身分が高い分、ちやほやされ続けていたせいで『恐怖』への耐性は低いと思われます。そこを逆手に取ってやればいいんですよ」
「リゲルちゃんをいじめたら、オバケが出るぞ〜って脅すとか?」
クロノが楽しそうに食い付いてくる。
いくら何でもそれはねーよ。オバケは怖いけど、これまで散々いじめてきたのにいきなりオバケ出したとこで何を今更って感じじゃん。
「兄上、オバケより怖いのは『人』です」
そう告げたイリオスの笑みは、ひどく歪んでいた。
「深夜、枕元に立たれて嫌なのは、先王の霊ですか? それとも、女装した父上ですか?」
「うわ、怖っ! やめろよイリオス、マジで想像しちゃったじゃん! しかも、お父様なら本当にやりかねないしっ!」
頭に湧いた恐ろしい妄想を振り払うように、クロノが必死に首を横に振る。お前らの中で、国王陛下はどういう存在なんだ。
「僕に良い考えがあります。しかしこれを実行するためには、リゲルさんの協力が必要になるんですよねぇ……」
ちらり、とイリオスが紅の瞳を私に向ける。私も彼の目を見て、頷いた。
「うん、何とか取っ捕まえて説得してみる。クソほど頑固者だけど、話せば分かる奴だから」
私はリゲルの説得を、イリオスは良い考えとやらのまとめを、ステファニは中等部の生徒、クロノは高等部の連中の動向に目を光らせるということで、第一回対策会議は終了した。
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