腐令嬢、進展せず
「クラティラスさん、何か進展はありましたか?」
我らの部室がある旧校舎。その中で長らく使用されていない音楽室は、ゲームにも出てくる『イリオス様の秘密の隠れ家』だ。
だが、ヒロインが訪れるにはまだ早い。イリオス様からこの部屋にお誘いを受けるためには、ある程度の親密度を上げなければならないのだ。
代わりに用意された椅子に座っているのは、悪役令嬢クラティラス・レヴァンタ。ビラ配りを終えた後に呼び出されまして。
といっても、私はイリオス様の親密度をバリバリに上げてこの部屋に入室する権利を獲得したわけではない。
「進展とは少し違うかもしれないけれど……一つ、この世界で気付いたことがある」
私が低く告げると、向かいの椅子に足を組んで腰掛けていたイリオスが軽く眉を顰めた。期待はしてないが聞くだけ聞こう、のポーズである。非常にムカつく。ムカつくポーズなのに見栄えだけはキマッてるから、さらにムカつく。
「…………イリオス、自分の足をよく観察したことはある?」
「足? いや、特には。何か変ですか?」
制服のズボンをたくし上げ、イリオスは膝まで素肌を露出した。私も、その滑らかな素肌に素早く目を光らせる。
そして、やはり自分の考えは間違っていなかったと確信した!
「よく見ろ、スネ毛がないだろう!? ついでに腕毛も腋毛もないはずだ! 昨日足を虫に刺されたお兄様が、ネフェロに薬を塗ってもらっているところを見て気付いたんだよね〜。ついでに今朝ロイオンも脅し……いや、お願いして足を見せてもらった。つまり、ゲームの攻略対象は皆ツルツルなんだよ! お父様はボワァッと生えてたがな!!」
「珍しく真面目な顔してるから、真面目に聞いてみようと思った僕がバカでしたな! スネ毛なんかクッソどうでもいいですよ! ツルツルだからって何の役にも立たないじゃないですか!」
「いってえな、何すんだよ! どうでもよくありません! ツルツルだと、BL初心者にも取っ付きやすいの! イラスト描くにも楽だし、見るにも絵面が綺麗だしでウケが良いの! そんなこともわかんねーのか、百合豚野郎!」
そう言って私は鋭く打ち下ろす形でバッグをイリオスの無防備な腹部に投げ返した。ケケケ、悶絶してやがる。元ハンドボール部エースをなめんな。
しかしイリオスはすぐに立ち直り、キッと私を睨んできた。
「わかりたくもありませんがな! いい加減、僕を含めて目にした男を気持ち悪いBLの資料にするのはやめてくれます!? 何度も何度も言ってるでしょーが、クソアホウル
「そっちこそ、ところ構わず『最推しのクラティラス嬢』でニヤニヤ妄想してんじゃねーよ! さっきのは相当キモかったぞ! こっち見んな、あっち向け、二度とその目に私を映すな、ゴミカスオタイガー!!」
とまあ、このように――親密度が高いどころか、一応婚約者同士であるというのに私達の仲は険悪だ。
それもそのはず。この王子の中身は前世の同級生、オタイガーこと
奴はピュア〜んな微百合好きでBLは断固として認めず、生まれ変わった今もその姿勢を保持し続けている。しかも最近では、私のBL布教を邪魔までするようになった。
要するに、二代に渡って天敵で宿敵で仇敵という間柄なのである。
私と江宮は高校卒業後、別々の大学に進んだ。しかし、ゴールデンウィーク帰省の折にたまたま一緒にいたところで事故に遭い、共に死に、共に転生した。それから何の因果か、死ぬ方と死なせる方というキャストに配置されて再び出会ってしまったのだ。
最大のフラグ回避のチャンスだった婚約も、こいつがバカやらかしたせいで避けられなかったんだよねー。二人共今すぐにでも婚約なんざなかったことにしたいのに、お家の都合というやつでそれも難しい。どうも王家は、私が婚約する以前から求心力を高めつつあるレヴァンタ一爵家を脅威に感じていたらしいので。
私から見れば優しくて面白くて、ちょっとお母様の尻に敷かれてる感のあるお父様だが、外務卿としての働きは素晴らしいらしく、国内外問わず重鎮とのパイプをしっかり結んでいるという。おまけに私と王子が婚約したことで、アルクトゥロ・ロード・アステリア現国王陛下ともお会いする機会が増えたそうで、その内に何かと気が合ってめっちゃ仲良くなったんだと。たまに用もないのに呼び出されて、二人で一晩飲みながら大喜利大会を開催するまでの仲になった。
なのでイリオス本人が申し出ようと、余程の理由がない限りは婚約の解消など無理という状況だ。
大人の事情はさて置き、問題は私。
死亡フラグを回避するためには、何としても高等部の卒業式までにイリオスとの婚約を解消せねばならない。ゲームではその日『悪役令嬢クラティラス・レヴァンタ』が『世界を救った大聖女リゲル・トゥリアン』に対してこれまで行った、悪事の数々が暴露される。俗に言う、断罪イベントというやつだ。
アステリア王国の歴史上、初めて庶民から選出された新宰相が辣腕を振るう今時勢、その宰相にも一目置かれているレヴァンタ一爵と繋がりを持ち、影響力の衰退を何としても阻止したい王家。そして、仲良しフレンドの娘を自分の息子の手で幸せにしてほしいと願う国王陛下。この二つの要素の前では、いくら王子でも『婚約やめたいっす』なんて言えるわけがない。言えたとしても、聞き届けてもらえるはずがない。
そこでイリオスが考えた作戦というのが、これまた厄介で。
「もうBLは卒業して、とっととリアルの男に走ってリア充満喫してくださいよ……。この学園に入学して一年経つのに、まだ好きな人ができないんですかぁ?」
「無茶言うなし。男には男って思想でずっと生きてきたんだから、恋とか付き合うとか、ましてや結婚とか、難易度高すぎなんだよ。私ゃ性別受けちゃんでもなけりゃ、属性攻め様でもないんだよ。ただの乙女なんだよ。だから男とくっ付くなんて、無理なんだよぅ……」
私が泣き声を上げれば、イリオスがドン引きした表情で額を押さえる。大体この作戦、三次元の男と結ばれたいなんて一度も思ったことがない私には荷が重いのだ。
イリオス江宮の考案した『死亡フラグの地雷原をタップダンスするクラティラス嬢を幸せにしてみせますぞ大作戦』は、私が誰かに恋をしなきゃ始まらない。
第三王子殿下の婚約者という大いなる障害を跳ね除け、それでもクラティラス・レヴァンタを愛してくれる人が現れたら、そいつに私を託す――って形で、円満に婚約解消を狙うというけれど、果たしてうまくいくやら。
また、この役割は交代不可能。イリオスが好きな人を作ったところで『そんなん妾にすればええやん』で一蹴されるだけだろうし、何よりこいつ、私以上に三次元が無理なんだよね。人間に対して接触嫌悪症まで患ってるくらいだもん。
理由? んなもん知りませんよ。イリオス様の性質じゃなくて、江宮大河由来だとは聞いたけど、全く興味ねーし。
「まー、いー感じの人ができたら伝えるわー」
「はーい。そーしてくださーい」
こうして『クラティラス・レヴァンタの死亡フラグを回避する』という目的で定期的に行っている作戦会議は、今回も何の進展もないまま終わった。
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