第52話魔女の恋人がいる俺だが
力を出し尽くしたメディアレナは、それからすぐに眠り続けた。普段は俺が使っているベッドに彼女を寝かせて、その間家事をし、鍛練をし、それから大半の時間を彼女の寝顔を見つめて過ごした。
長い睫毛が陰を落とすその寝顔は、目を開けている時よりも幼く、少女のように見える。飽きること無く彼女を見つめて、俺は想いが通じ合えた喜びを噛み締めていた。
サディーン様も人が悪い。アリシアと俺の両方からの願いを聞いていながら黙っていたとは。とはいえ、両方共の願いを叶えてくれたのだ。感謝せずにはいられない。
安らかに寝息を立てていた彼女が、次の日の昼過ぎに目覚めた。
「起きたか?」
その瞬間に立ち会った俺を、彼女は長いこと見つめたまま黙っていたので、もしかしたら俺のことを忘れてしまったのかと思ったほどだった。
「れ、レナ?」
ようやく恐る恐るといった感じで、俺の顔に触れようとするメディアレナの手を捕まえて握ると、彼女が泣きそうな顔をする。
「全部夢だったらどうしようかと思った」
「夢じゃない、ほら」
彼女の手を導き俺の頬を触らせて存在を確認させていたら、上下にマッサージするように撫でられて、こっちまで安心してきた。
「ランスロットの顔ほど整ってなくて悪いな」
冗談っぽく言うと、案の定彼女が僅かだが笑った。
「リトは十分カッコいいと思うし、これからもっと素敵な人になるんじゃないの?ああ、そもそも私あんまり顔の美醜分からないし興味無いの」
「そ、そうだったのか」
え、前世のランスロットの美形ムダだった?
微妙な気持ちの俺を知ってか知らずか、メディアレナは俺の髪に触れてきて、思い出したように瞳を潤ませる。
「リト……………リト………」
不安げに呼ぶので、まだ足りないかと被さるようにして彼女の頭を抱くと、ぎゅっと肩に掴まってきた。
前世の時代から500年という途方もない年月が経っている。俺のことが本当かどうか不安になるのも仕方ないことだ。
「……………ねえリト」
「うん?」
「お腹空いたわ」
しばらくして囁かれた言葉に、少し離れて顔を覗くと普段と変わらず笑みを讃えた彼女がいた。
「そりゃあそうだな、待ってろ」
頷く彼女を見てから素早く台所へ行き、用意しておいたスープを温め直す。
湯気を立て始めたスープを眺めながら、目覚めた時に見せた彼女の心細げな表情を思った。
「…………………離れられるのか、俺?」
今は先のことを考えられないと思い直し、俺は頭を振ると、トレーにスープと柔らかめの小さなパンを2つと炭酸水を入れたコップを載せて再び彼女の元へと急いだ。
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その日は、魂の離れていた時を埋めるかのように、俺達は沢山話をして殆んど互いの傍にいた。
「…………それでピンときたの。ミランダさんとセレーヌは絶対イサル様が好きだと思うのよね」
「ええ!?」
夕食を食べ終え風呂に入った後、リビングで軽くお茶にしていた俺は、メディアレナとそんな他愛もない(?)話をしていた。
まだ回復しきっていない彼女は、背にクッションを当てて身体を凭せている。
「全く知らなかったぞ」
「セレーヌは好きな人には素直になれないタイプね。あまりに彼のことを悪く言うからおかしいと思ったの。ミランダさんは、ずっと彼を目で追っていたし、ことあるごとに彼を庇っていたからすぐに分かったの」
「なるほどな、三角関係か」
「ただ………イサル様が、二人の気持ちに気付いてないみたい」
もどかしいわね、とメディアレナが滋養に良い薬草茶を飲む。
思い返すと合点がいくことがあるな。なんだイサル、引く手あまたじゃないか。
しかし、あの男前なセレーヌも女子だったんだな。今後に期待したい。まあどちらかというと、セレーヌを応援するぞ。俺を応援してくれたからな。
夜も蒸し暑い時期だ。
入浴で身体を清めたメディアレナが水色の寝衣を着ているが、薄手の素材なので身体の線が良く分かる。
今まで弟子として遠慮していたが、もっと触れてみたい。これからどのくらいの距離感を持てばいいのだろう。
話をしながら、チラチラと目がいってしまい、そんなことを考えたりしていた。
「ふふ、たくさん話をしたら楽しかったけれど、疲れちゃった」
「あ……………そう、だな。まだ本調子ではないからな。早く休んだ方がいい、うん」
俺はメディアレナの前に回ると、屈みながら手を彼女の背に伸ばした。すると彼女が、おずおずと俺の首に腕を回してきたところを膝裏に手を差し入れて抱き上げた。
「や、やっぱり恥ずかしいわ」
「じっとしてろよ」
今日は体力が回復していない彼女を、俺が姫抱きで移動させて過ごした。一歩も歩かせないとはいかないまでも、少しの距離も横抱きを繰り返す俺に、なんとなく慣れてきた彼女は、照れながらも俺に身体を預けてきた。はあ、可愛い。
二階に連れていく俺を「リト、力持ちね」と感心したように見上げる。そっとベッドに降ろすと、素直に横になった彼女だったが、傍の椅子に座った俺に何か言いたそうに口を開きかける。
「そんな顔をしなくていい。眠るまでいるから」
メディアレナの一途な想いを知った今、俺は殊更に尽くしたい気持ちで彼女の髪を撫でた。
「リト」
「どうした?」
急に俺の袖を掴んできた彼女は、瞳を揺らして小さく言葉を発した。
「一緒に、寝て」
「うな?!」
驚いて変な声が出た。
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