第39話振り向かせた俺だが2

 朝になって、俺は探索の末に共同浴場を見つけ出し、身体を洗うと用意していた黒のズボンに白いシャツを着て身支度を整えた。


 誰かに食堂の位置を尋ねようかと思っていたら、昨夜俺を部屋に連れて行った男に浴場で出くわしたので案内を頼んだ。




 仕事内容によって使用人達は始業時間が違うらしくて、食堂は思ったより空いていた。


 トレーに自分の好きな料理を好きなだけ載せていいらしく、皆組み合わせを楽しんでいるようだった。




「ここで働く者達の飲食代は、給料から引かれている。エリオット君だっけ?君はメディアレナ様の関係者だからお客様扱いだから気にするな」


「そうですか、ありがとうございます。それから君付けはいらないです」




 クラウと名乗った男は、王宮騎士団所属のれっきとした騎士だった。


 20代前半の目尻の下がった童顔だが、年下の俺には偉そうな話し方をする。


 それに昨日俺にデコピンをした男は、クラウの上司で騎士団長のランディという名だそうだ。 旅装束だったので、そんなに偉いおっさんだとは思わなかったが、言われてみれば筋骨隆々の立派な体躯をしていた。


 クラウと浴場で会ったのも、騎士達が朝の鍛練を既に終えて、汗まみれの身体を洗いに来ていた為だった。




「今日も雨だ。ハア、長すぎるんだよな」




 クラウが、うんざりと窓の外を見る。




「ここらは、梅雨が明けるのが遅いですね」




 フォークを休むことなく動かして食事を急いで食べながら相槌を打つ。




 どうでもいいから、早くメディアレナに逢いたい。


 昨夜は興奮していて、よく眠れなかった。ああ、本当に夢のようだ。両思いなんて信じられない。


 初々しい少女のような表情で「好きみたいなの」なんて言ってたのを思い出すだけでキュンキュンするぞ。はああ、辛抱堪らん。




「おい、嬉しそうにするな」


「いえ、別に」




 早く帰って二人きりの生活に戻りたい。多分以前より糖度の増した日々が過ごせるだろう。




「ったく、呑気な弟子だな。こっちはこの長雨に苦労してるってのに」


「梅雨だから仕方ないでしょう?」




 シェルマージ国は四季があるはずだ。この時期ならこんなものだろう。




「もう3ヶ月毎日雨なんだぞ」


「それは………」


「お陰で騎士団の鍛練は屋内練習場でずっとしているし、家はカビが直ぐ生えるし、野菜は成長途中で腐るから農家は大変らしい」




「そういえば、野菜無いですね」




 改めて目の前の食事を見ると、根菜とハムの和え物ぐらいしか野菜が使われていない。




「そのうち小麦なんかも高騰するだろうな」




 パンにジャムを塗りながらクラウがぼやく。




「王宮魔法師や魔法学園の人は、なぜ何も対策をしないんですか?」


「火事は消せても、天候を操るほどの水魔法に秀でた魔女がいると思ってるのか?」


「あ…………そうか」




 メディアレナのレベルで見ていたが、一般の魔女は、生活を少しだけ便利にして滋養強壮の薬を作れる程度だ。


 ん?ちょっと待て。




「もしかして、メディアレナ様はこの為に連れて来られたのでは?」


「直接的なきっかけはそれだな。でもいくら最強の魔女って言われてるからって、陛下がわざわざ出向いてまで招くなんてな」


「…………………………」




 沈黙する俺を見て、クラウは誤解したらしい。




「なに、メディアレナ様の手に負えなくても咎められるようなことはないだろ。陛下だって、これを口実に彼女に近付きたいのだろう。あんな美人だものな、エリオットが羨ましい。なあ一緒に暮らしてると、彼女どんな感じなんだ?寝顔とか可愛いだろうな。普段服はどんなの着てるんだ?まさか一緒に風呂とか入ったりするのか?」


「秘密です」




 ふ、と鼻で嗤うと「生意気なガキだ」と、クラウが頬をつねろうとするのを素早く避けて席を立った。


 とにかくメディアレナが心配なので早く会いたい。




 ちょうどそこにミランダが食堂に入ってくるのが見えて、俺を目にして手招きした。




「エリオット君、陛下がお呼びよ。謁見室までついてきて」


「メディアレナ様は、どこですか?」


「一緒にいるわ」


「そうですか」




 廊下を歩くミランダが、俺を冷めた目つきで見ていた。




「…………………君、顔が緩み過ぎて溶けるんじゃない?」




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