第37話山を降りた俺だが3

 その後、迎えの人と馬車が何台もやって来て、俺達は真夜中には王宮に到着した。


 雨の中、王を出迎える為に灯りがつけられて浮かび上がる王宮は、白を基調にした三階建ての建物で、正面から見ただけでもかなりの部屋数を誇っているのが想像できた。




 繊細な装飾の施された門を抜けて、広い前庭を通り、ようやく室内に足を踏み入れるやいなや、メディアレナはイサルの指示により侍女達に手を引かれてどこかへ行ってしまった。




「メディ」


「君はこっち」




 彼女の後を追おうとしたら、従者の一人に引き摺られて反対の方へと連行される。


 王宮の端の小部屋がたくさん並んでいる一画があり、その扉の一つを開けた従者が、俺の背を雑に押した。




「取り敢えず、ここを使いな。食事は三回つけるから、自分で食堂に行けよ。分からないことがあったら、そこらへんにいる奴を捕まえて聞けばいい」


「メディアレナ様は、どこに連れていかれたんですか?」


「勿論、最上級の貴賓室で丁重にもてなされている。子供が大人の心配をしなくていい。色々なことは明日になってから分かるだろうから、まあ眠れ」




 そう言い置いて戸を閉め、小部屋に一人残された。


 鍵は掛けられてはおらず、王宮内なら自由に動けそうだった。




 見回すというほどでもない部屋には、奥に窓が一つと庶民的なベッドと小さな机と椅子。二段の小さなチェスト。壁には、服が掛けられるようにフックに下がるハンガーが3つほど並んでいた。


 食堂と風呂とトイレは共同なのだろう。


 狭いが、騎士学園の寮もこんな造りだったので気になるほどではない。人質とは言われたが、待遇は悪くなさそうだ。




 さすがに疲れて、俺はベッドに転がった。メディアレナと戦って、かなり汗をかいていて本当は風呂に入りたかったが、雨に濡れたこともあり明日でいいかと思い目を閉じた。




 ………………眠れない。




 俺はすぐに目を開けた。




 メディアレナが心配だ。大丈夫だろうか、イサルに何もされていないだろうか。


 彼女と一つ屋根の下で過ごしていたのに(ここもそうだが)、こんなに離れていることが不安になってきた。




「……………これじゃあ本当にガキみたいだ」




 魔女である彼女なら、少々の危機など指を鳴らせば一人で解決できる。俺が心配したところで余計なお世話に決まっている。




 俺が、依存しているのかもしれない。ふと思い至ってドアノブに触れていた手を下ろした。




 目を逸らしていたメディアレナを思い出すと、ズキンと胸が痛んだ。




「メディアレナ」


「リト」


「は、い?!」




 一人呟いたはずなのに、返事が返ってきてビクッと身体が跳ねた。




「リト、起きてる?」




 扉の向こうから、雨の音に混じり確かにメディアレナの声がした。急いで開けると、仄暗い廊下に彼女がはにかんで立っていた。


 見張りぐらいいたはずだ。こっそりと来てくれたんだと思ったら、彼女と気持ちが通じたようで嬉しかった。




「メディアレナ様!」


「眠っていたならごめんなさい、少し話がしたくて」


「いえ、起きてました」




 廊下の灯りの元で、薄紅色のナイトドレスを纏った彼女は、両手を胸の辺りに重ねて落ち着かない様子だった。




「………………入りますか?」


「ありがとう」




 すんなりと部屋に入る無防備さに、残念なような嬉しいような気持ちで黒髪の流れる背中を見つめる。




「酷い扱いはされてない?」


「はい、メディアレナ様こそ大丈夫ですか?」


「ええ、少なくともこの部屋の10倍の広さの部屋を宛がわれるぐらいにはね」




 冗談ぽく話して小さく笑った彼女がベッドに腰掛けるので、俺は椅子を向かい合わせになるようにして座った。




「リト…………あのね」


「………はい」




 もじもじとシーツを弄る彼女が、急に真顔になったのを見て、俺も何の話をするつもりか予想がついて緊張してきた。




「まだ返事をしてなかったから」




 彼女が頬を染めて、それでも俺を挑むように真っ直ぐに見返した。




「私は約束は守るわ。あなたを…………一人の男として見ることにする」


「はい」


「でもリトが心変わりしたら、いつでも約束を無効にしてくれたらいいのよ」


「……………は?」




 視線に耐えられないように顔を俯けるメディアレナを、追うように窺う。




「リトは、まだ若いから……………これから先たくさんの出会いがあって、私のような魔女なんかよりも、あなたに釣り合うふさわしい人に巡り会えると思う。だからその時は約束は無かったことにしたらいいわ」


「……………なんで」




 どうしてそんなことを言うんだ。なぜ、ありったけ伝えたのに俺を信じないんだ。




 腹立たしいというよりは、悲しくて、椅子から立ち上がると彼女の前に膝を付いて見上げた。




「まだ一つ答えを聞いていません。あなたは俺をどう思ってるんだ?俺はあなたに愛して欲しいと言いましたよね?」


「リト、その言葉遣いが本当のリトなの?」


「だったら何ですか?メディアレナ……………レナ。俺が若いとか、あなたが魔女とか一切関係無いし、心変わりは期待するだけムダです。俺は、あなたの心が知りたい」




 膝に置いた手がナイトドレスを握っているのを見て、その手を両手で包む。




「…………………どうして初めて会ったあなたと過ごすようになったのか、今でも不思議よ」




 捕らえられた自分の手元を見つめながら、彼女は囁くように話す。




「今でも分からないの。正直混乱しているの。あなたはまだ少年で私とは住む世界なんて違うのに、どうしてこんなにも私の心に入り込むのか」


「レナ」


「私は、本当にあの人が好きだった。だから、心にあの人がいればいいと…………その為だけに魔女であればいいと、一生を捧げようと思っていた。それなのに」




 逸らしていた目を俺に向けて、メディアレナは一つ一つ噛み締めるように唇を動かした。




「あなたに出会って、自分の心に気付いた時には信じられなくて…………このまま知らないふりを続けようと思っていたわ。でも、あなたが私に告白してくれて嬉しかった。だけど、もう知らないふりはできないんだと思ったら苦しかった」




 青い瞳を揺らしたメディアレナが、心細げに俺を見つめる。彼女にそんな表情をさせているのが、今は自分一人なのだ。思わず微笑んでしまう。


 懸命に話そうとしている彼女は、そんな俺にも気付かないようで真剣で健気で可愛かった。




「私は、リトが好きみたいなの」






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