第36話山を降りた俺だが2

 メディアレナと以前デートした麓の町を抜けて、しばらく進んでいたら、先を行く馬が止まったので手綱を引いた。




「どうした?」




 俺の隣に並んでいた30代ほどでよく喋る男、ダレンが馬を降りて先頭へと歩いて行くので俺も後に続いた。近付くと、灯りに照らされて巨木が一本だけ道の側に生えていた。その根の辺りにメディアレナが座って、灯りを頼りに何かを探している。




「メディアレナ様…………もしかしてこれ探してます?」


「あ、そこにあったのね。ありがとう、しばらく使っていなかったから設置した細かい場所を忘れてたわ」




 木の幹の窪みに魔法石が取り付けられているのを見つけ、俺が指差すと彼女は立ち上がった。




「魔法石か?なぜここに」




 イサルが怪訝な顔をしているのを見て、優越感を覚える。少なくともこの男以上には、メディアレナの秘密を知っているということだ。




「シェルマージからここまでいらっしゃるのに、随分かかったでしょう?」


「まあ馬で10日ほどか。次の町で宿を取ろうかと思うのだが」


「その必要はないでしょう」




 彼女が古い魔法石に指先を置いて詠唱を唱えると、幹にポッカリと縦に穴が開いた。


 そこから白く光を放つのを見て、こんなタイプの転送魔方陣もあるんだと思っていたら、周りの者達は輪をかけて驚いていた。




「卒業したけれど魔法学園と何らかの連絡を取り合う時に便利かなと思って設置していたのですが、あまり使いませんでしたね。でもようやく出番が来て良かった。これはシェルマージの魔法学園の中庭に続いています」




 人間用転送魔方陣は珍しい。


 空間を操ることは、闇の精霊に愛されたメディアレナの特権のようなものだから、こんな人が通れる魔方陣は彼女しかできない。世界で流通する手紙や物資の転移魔方陣は魔法石によるものだが、それすら実は彼女が闇の魔法を込めた魔法石のおかげなのだ。




 よく考えたら凄いな。


 彼女と住んでいたら魔法石があるのが当たり前のように思えていたが、この手の魔法石は本当はかなり希少で滅多にお目にかからないものだ。




「あ、あなたは」




 イサルがメディアレナの両肩を掴み、熱く見つめる。




「学園にいた時も能力の高い魔女だとは分かっていたが、まさかこれほどに素晴らしい方だとは。なんてことだ、あなたのような偉大な魔女に出国を許していたとは。もっと早く迎えに行けたらよかったのに」


「陛下、いいえ………」




 俺は不愉快で、困った表情をする彼女の腕を掴み、イサルから強引に引き離した。




「リト」


「早く行きましょう」




 イサルの鋭い視線を無視して馬を引き、片手で彼女の腕を引っ張り魔方陣の穴をくぐった。




 一つ瞬きしたぐらいの間に、芝生が青々と広がり、品よく配置された木や、手入れの行き届いた花檀のある庭が目の前に現れた。




「懐かしいわ」


「まさか、こんな所に転送魔方陣が隠されていたとは」




 メディアレナが背後の石造りの校舎を見上げて、イサル達は茫然と呟く。




「取り敢えず屋内に行きましょう」




 俺は、雨に打たれながら促した。そう、こっちは大雨だ。ザーザーと体を打ち付ける水滴が痛いほどだ。皆が持っていたランプは、入り込んだ雨に消されているが、魔法学園の内部から漏れる灯りのお陰で周りは見えている。




 のんびりと懐かしんでいるメディアレナだが、髪は濡れて夏用の薄手のワンピースは肌に貼り付いて体の線を露にしてしまっていた。


 見せたらダメだ!




 とにかく校舎の玄関まで慌てて彼女を連れて行き、軒先でリュックを漁ってタオルを取り出すとその体を覆った。




「王宮から迎えを寄越すように使いを出した」




 イサルが同じように雨宿りをしながら言い、従者からタオルを受け取る。




「そうですか。リト、体が冷えるでしょう」


「平気です」




 メディアレナが被せられたタオルで俺の頭を拭こうとするので、それを彼女の手に触れて拒むと、風魔法が俺達を包み、服を乾燥させる。




「凄い…………」




 ミランダが、パリッと乾燥仕上げされた自らの服を見ながら感嘆の声を上げた。


 メディアレナの手の方が冷えていたので、俺が両手で包もうとしたら横から手が伸びて奪われてしまった。




「メディアレナ」


「あっ!」




 イサルが彼女の手に触れて、指先に口づけをして見つめている。




「ようこそ、シェルマージ国へ」

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