第28話精霊の見えない俺だが2
「サディーンという名は、私と契約を交わした悪魔の王の名。畏れ多いこの名を人間に付けることはないわ」
「はい」
「リトは精霊の夢を見たの?」
「……………そう………です」
うん、そういうことでいいか、嘘ではないからな。
残念なような安心したような心持ちで俺が肯定すると、メディアレナが興味深そうな表情をする。
「うなされるほど、彼がそんなに怖かったの?」
「いえ、彼や精霊達は怖くはないです。ただ夢の話が辛くて」
食い入るように俺を見ていた彼女だったが、それを聞くと申し訳なさそうに視線をずらした。
「それは………………いえ、ごめんなさい聞いたりして」
「いいんです。精霊以外あまり覚えてなくて、ただ辛くて悲しかったことだけ印象に残っているんです」
「……………そう」
手元の皿を見つめて、メディアレナはじっと何かを考えているようだった。
先ほど鏡を見ていた時と同じようにぼんやりとする彼女に、遠くに行くような不安を感じて腕に軽く触れた。
「メディアレナ様、何を考えているのですか?」
「え、あ、何でもないの…………ねえ、リトは精霊のことをどれだけ知っているの?」
話を逸らされた?
「…………一般的な知識としては知っています。魔女に力を貸したりする精霊は属性ごとに多くいて、目には見えないけれど存在しています」
俺は意図を持って、付け足した。
「悪魔というものは大昔の人間の誤解であり、その正体は闇の精霊だと僕は思っています」
そう言うと案の定、彼女は驚いた顔をして俺をしげしげと見つめた。
「よく………知っているわね。そう、その通りよ。あなたの考えは正しいわ」
「あなたの弟子になるために、これでも勉強したんですよ」
サディーン様と契約した唯一の魔女メディアレナなら、悪魔とされる彼の正体を知っているのは納得できる。
時代は変わった。
『悪魔憑き』と、人間が人間を迫害していた時代は終わった。
今はそんなことは迷信と一笑に伏されるようになったし、例え罪を犯した者でも公正に裁かれるようになり、倫理的なものが尊重されるようになった。
依然闇の精霊を悪魔と信じている者は多いが、そんなことで公的機関が動くことはない。
今ならアリシアも死ぬことはなかっただろうに。
そして何より変わったのが、以前は悪魔憑きと呼ばれた者達の大半が、今は魔女として認められ尊重されるようになったことだ。
つまりアリシアの生きた500年ほど前の時代は、精霊の存在が忘れられ、魔女が狩られた最悪の時代だったのだ。彼女自身は魔女ではなかったにも関わらず、彼女は疑わしい者というだけで酷い仕打ちを受けた、俺が付きまとっていた為に。
だから転生した俺は、この時代の世界の在り方に胸を撫で下ろしたものだった。
迫害から尊ばれる時代へ。
時の流れとは不思議なものだ。物事の価値観や見方なんて直ぐに真逆に変わってしまう。
もしかすると、時を司る精霊でもあるサディーン様が転生先を調整して下さったのかもしれないが、人間になってしまった俺には考えの及ぶことではない。
「リト、あなたは」
メディアレナは、俺を見つめたまま黙ってしまった。
まただ。今日の彼女は様子がおかしい。何かずっと考えている。
心当たりがあるとすれば、昨夜俺がうなされたことが関わっている気がする。
「………………今夜は、雨が降らないといいのだけれど」
長い睫毛に縁取られた深青の瞳に見とれていたら、彼女は窓の外を窺うようにする。
「何かありましたっけ?」
俺と暮らすようになってから、町に一度行っただけで、メディアレナはセレーヌの警告もあって数ヶ月山から下りていない。日々ここでのんびりスローライフを送る彼女が天気を気にするなんて珍しい。
「今夜は新月。夜の闇が深くなり、闇の精霊が最も活発になる日なの」
「あ、なるほど」
前世の自分の生態も今では縁遠いものだ、と日々悶々ジレジレドキドキライフを送る俺は思った。
「今夜なら少しだけ細工をしたら、リトにも精霊が見えるかもしれないわね」
「え」
「夢の彼のイメージと違うかもしれないけれど」
「え?」
リトに・も・、だと?
今さらりと言ったが、つまりメディアレナは『精霊が見えていた』という事実を暴露したような……
「……………師匠、もしや精霊の声…………とか聴こえてたりしてます?」
メディアレナが髪を揺らして、小さく首を傾けた。
「んー、使える魔法の精霊達の声は聴こえるわね。でも闇の精霊は夜しかお話できないし、その王ともなれば新月の今夜ぐらいしか滅多に声を聴くことができないの」
「なっ」
聴こえてるんだね!俺のことバラしてないよね?!
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