第90話 憶測
考えが元老院に及んだことで、そこに自分がどのように関わり得るのかと考えていた。帝国やトルコロルに因んだ者までが揃って動き始め、イフレニィに絡んでくるなど、ただの偶然なはずはないのだ。今のところ、元老院については勝手な想像ではある。しかし、現実に帝国と祖国の生き残りが組んでおり、回廊の危機に関することとはいえ三者での会談の場は持たれたのを知っている。
もし魔術式具の実験ではなく、意図して行われているとしたなら――不特定多数の中から個人を特定するといった、そんな技術の進歩がありえるものだろうか。例えばの話とはいえ、不快な気持ちがこみ上げてくる。
回廊の調査のために、軍が持ち込んでいた用途の分からない魔術式具があったことが思い出された。イフレニィの知らない魔術式具など、幾らでもあるだろう。
やはり、国が絡んでくる事と、印については分けて考えた方がいいだろうと思い直した。なんせ利害などの関連性が見いだせないのだ。組織同士なら既に取引がある関係だ。各組織と、イフレニィという個人との関係もありはする。しかし、全てとなれば理解が及ばない。もしくは、なにかの情報が足りないか――現状、イフレニィが知る中で答えといえるものは、女騎士フィデリテの掲げた目標くらいのものだった。海を挟んでいるとはいえ、帝国にとっては隣国の再興となれば、無視できる話でもないのは想像できる話だ。実際に軍を通して、女騎士に手を貸していると聞かされもした。
それらの事実の欠片が考えを惑わし、肝心のことから遠ざけているようで、もどかしくもある。とはいえ印を中心として全てが繋がるという確かな証でも確認できない限りは、全ての関連を断定はできないし、すべき時でもないだろう。
実のところ、全ての推測にひびを入れる、大きな理由がある。
イフレニィは視界の端に、その人物を意識する。当人は器用にも、歩きながら舟を漕いでいた。
――バルジーだけが、浮いている。
これほどイフレニィの印にまとわりつく者が、唯一、トルコロルに関係しない。
過去に案内役の旅人だったという両親と、国を行き来していたという話は聞いた。だが、血の繋がりは見えない。王の血筋に連なる者は、髪や肌の色がどうあれ、瞳に青色が差す。血が遠くなるほど薄れては行くのだが、それ以外の特徴も、バルジーには見られなかった。
基本的にトルコロルの民は三種の色合いだ。
主王ノンビエゼ家だけは、決まって白い髪と淡い青色の瞳を持つが、副王の二家は髪の明るさ具合や瞳の色は様々だ。副王マヌアニミテ家は赤銅色の髪。副王ルウリーブ家は黒に近い髪色だが茶色も混ざる。
あくまでも基本なのは、移民が興した国であり、砂漠からの移民まで受け入れていた経緯があるためだ。建国から時代が下ると、多くは王の血筋に寄った三種の色合いに落ち着いたという話だった。
改めて、バルジーの容姿に目を向けてみる。木炭のように深い黒の髪に、同じく黒い瞳。毛質は硬く太目。これは帝国南部に多い特徴だから、両親が南方から移ってきたのだと推測できる。特徴があるとすれば、やや肌の色が濃いように見えるくらいだが、屋外で働く多くの旅人はみな日焼けしているし、その範疇ではあった。
印持ちでないことは確かだろう。イフレニィの印を見た時の反応も、それを裏付けるものだった。
そこに、性別の問題が加わる。
主王と、副王の一人であるルウリーブの血筋では、男だけが継承者の印を持つ。女で印を持つのは、マヌアニミテ王に関係する者だけだ。これは初代のマヌアニミテ王が女性だったからと言われている。女騎士フィデリテも、伝承に出てくる代々の副王同様に、赤味の強い赤銅色の髪だ。それらを踏まえるとバルジーに、イフレニィと印、そして国の事情に関係するところが全くないのだ。
なぜ、この女だけが、例外なのだろうか。
完全に除外するのは危険だが、逆に言えば、バルジーのことさえなければ全ては関係していると言える気がした。考えたくはないが、軍と女騎士、そして元老院が、王の血筋の者を確保するために結託して何某かを企んでいる。そのために元老院が、魔術具を使用し、候補者であるイフレニィの居所を常に捉えている。それならば、あえて捕まえないでいる理由にもなる。
それは最も真実味がある想像に思えた。ますます気分が悪くなり、何度か深呼吸をして最悪な気分を振り払う。バルジーと目が合った。
「潰れて干からびた蛙顔」
思考が止まり、声の出処を睨んだ。気が付けば、すぐ隣にバルジーが居て、人の顔を妙なものに例える。こういう時は、何かしょうもない用があるのだ。イフレニィは嫌そうに横目で見下ろす。何も言ってやる気はない。
「暇。手合わせしよう」
案の定だ。前もこんなやりとりをしたなと思いつつ、断る言葉は出なかった。以前はバルジーが怪我を負っていたこともあるが、元々腕試しの類は好きではない。そうした暑苦しいやり取りが面倒だというのが理由だ。だが今は、頭を切り替えるのに丁度いいように思えた。
「棒切れ、拾ってこい」
イフレニィの返事に、たちまちバルジーはぎらぎらと目を輝かせて嗤うと、街道脇にすっ飛んでいった。
「まだ昼は先だぞ」
セラは呆れながらも、街道脇へ荷車を引いていく。早すぎるが休憩だ。
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