第62話 野営の一時

 早めの就寝となり、見張りを決めて休む。まずはセラから火の番となった。

 イフレニィとしては、バルジーと二人だけの交代でも構わなかったのだが、出来る限り三人共に万全の体調でと言われて頷いた。

 帝都に着くまではイフレニィを警戒してだろう、セラとバルジーは交代で番をしていた。そう思えば、旅の同行者として受け入れられたのだと肌で感じられる変化だった。

 セラは焚き火の側に座り、バルジーは上着で全身を包み草地で横になる。イフレニィは倒れていた木にもたれて横を向くが、眠れずにいた。

 久々に精霊力を長時間使ったからなのか、特殊な符のお陰で安心できたからか。それとも魔術式以前の、精霊力の歴史なるものを聞いたせいか。様々な思考の横槍が、これまでの考えにも影響を及ぼしており、胸中がざわついていたのだ。深い気疲れのため、それらに抗う気力もなく、考えに身を委ねながら辺りを眺める。

 暗い夜、風が木々の葉をゆする。火が闇の中、見えない筈のものを炙り出すかの如く影を揺らめかせる。不意に、背筋を這う不穏な気配に、はっと振り返った。邪悪な双眸と対峙する。

「寝ろ」

 イフレニィは原因へと苛立ちを込めて言い捨てた、と同時に睨みつける。

 バルジーの不満気な顔がこちらを向いていた。バルジーの外套には頭を覆うような別布が襟元に縫い付けられており、普段は内側に収納している。寝るときは、それを取り出して頭から被り、首の方は襟を口元まで引き上げ隠されている。見えているのは目だけだ。

 ――怖いんだよ。

 イフレニィは、バルジーの上着の丈が長すぎることを体格の違いのせいだと考えていたが、こうして休むことを前提に仕立てたのだろう。これまで、ここまできっちりと体を覆ってはいなかったのは、すぐに動けるようにという配慮だったのだ。それなりに警戒が解かれたのだと思えば喜ぶべきなのかもしれないが。

「寝不足で仕事できないとか、なしだから」

 昼から眠そうにしていた相手に文句を言われ、普段よりは周囲に気を配っていたつもりのイフレニィは、不本意だというように睨んで返す。

「考え事なら、交代時に頑張れ」

 セラが眠そうに、火の傍ら膝を抱えて丸まりながら言った。あの服だと夜は冷えるだろう。上掛けも持っていたはずだが、眠気を覚ますために使わないようだった。それは良い心がけなのだが、見張りの意味が分かっているのだろうか。相変わらず紙束を手に、その姿勢は考え込む気満々だ。

 決めた順番だから仕方ないと、イフレニィも外套の前を合わせて頭をバルジーから背けた。

 そして今の短いやりとりで、イフレニィが精霊力を使うことによりバルジーの身にも負担があったのだと思い至る。抗議のつもりではなくとも、嫌味は含まれていただろう。気分の悪い思いをさせられたのだから、お前が怠けるなよといったものが。

 ――体の変化か。

 イフレニィとバルジーに共通する、似た質の精霊力による肉体への干渉。

 バルジーの場合は気分が悪くなるだけというが、それはイフレニィに起こる印の痛みと、どれほど違うものなのだろうか。気分の悪さの度合いなど計れないため、ただの疲労感で済むのか吐き気を伴うのかなどと、気にはなることだ。この道中で、どうにか魔術式について学び、自身の精霊力の使い方についてなにかしらの解決を図りたいイフレニィにとっては懸念事項である。

 ぱちりと、枝が爆ぜる音に思考を断ち切る。そうしたことも、一つずつ確認できるような状況になったのだ。後は、寝ている間に何事も起きないようにと、胸中で呟きながら目を閉じた。


 空気が動きを伝え、急速に意識は引き上げられていく。夢現で半身を起こすも、しかし手は無意識に剣の柄に掛けられた。頭を振って、視界にあるものを認識するため集中する。

 セラが、茂みの前で剣を――その時点で飛び起き走り出していた。

 背後に気配を感じて首だけ巡らせる。バルジーだ。同じく何かを察知したのか。視線を前方に戻す。木々の狭間に到達し、四方に目を向け警戒する。

「起こしたか」

 セラの間抜けた言葉を無視して傍らに立つと、剣を構え木の陰など方々へと視線を巡らせる。

「何があった」

 短く問いただす。立ち尽くしているセラを視界の端に認めると、細身の剣を手に提げており構えてもいない。

「ん、何もないが」

 やはり緊迫感の欠片もない返事。イフレニィとバルジーは、呆然として一瞬目を合わせた。セラを指差す。

「それ」 

 武器まで持ちだしておいて、まさか暇だからと深夜に訓練でもあるまい。

「夜行性の動物がいた。足を齧られることもある。捕まえられるかと思ったんだが」

 どこか別の興味深げな様子が気にはなったが、完全に魔術式の世界に没頭するのではなく、辺りに気を配ってくれていたということではあるのだろう。イフレニィとバルジーは、がくりと肩を落としたまま寝床へ戻った。

「しかし二人ともさすがだな」

 半分意識が落ちるイフレニィの背に、セラの感心した声は遠く響いた。

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