エピローグ

 私はね、嫌だって言ったんだよ。

 だって怖いじゃん。あ、オバケじゃなくて、ナチュラルに熊がさ。


 心霊スポットなんて絶対行きたくないって言ってるのに、私はしつこく誘われ続けた。なんでって、行きたくない理由がオバケじゃなくて熊だから。

 私がオカルト的なものを恐れていないと悟った友仁ゆには、私の顔を見る度にあの山に行こうってしつこかった。だからいいよって言ったんだ。一回行けば満足するだろうし。ほぼ毎日顔を合わせる子に同じことを言われ続けるってすごいストレスになるんだなって知ったけど、別に知りたくなかったな。


 昭和の終わり、爆発事故で閉鎖された炭坑がある。近いといえば近いけど、歩いて行けるほど近所じゃない。友仁の姉、ゆうさんがわざわざ車を出してくれるらしい。本当に奇特な姉妹だ。

 事故を起こしてそのまま閉鎖された炭坑なんて他にもあるけど、そこは他とは格が違う。作業中の炭鉱だけではなく、敷地内に建てられていた団地諸共被害に遭ったとかで犠牲者の数が桁違いだし、それ以外のことは何もかもが謎なのだ。本当は事故なんて起こってなくて、中で人体実験が行われていたとか、連続殺人事件があったとか、その噂作った人の頭大丈夫? ってくらい好き勝手言われている。

 当然、その団地の出身者は各地にいる。内地の方や、海外にまでいるらしいけど。みんな、炭山やまを管理・運営していた菱井グループに事情を説明され、賠償金とやらを貰って納得してくれたんだとか。私だったら嫌だけどな、「あなたの実家は事故で立ち入り禁止です。家族も死にました。これあげるから我慢してね」って言われても。有り得なくない?


 菱井鉱業はとっくに解散している。菱井財閥が炭坑系の事業から手を引くことになって何年も経っているけど、そうなったきっかけはあの事故だと思う。なのに、何故か例の団地周辺にはまだ警備がいた。自分の目で見たことはないけど、でもみんなそう言ってるし、私もそこは疑ってない。菱井鉱業が潰れたとしても、菱井グループの会社はあるわけだし。そうまでして守らなきゃいけない何かがあるんだろうなって思ってる。

 でも、こないだたまたま近くを通りかかった友仁と優さんが興味本位で行ったっけ、人がいなかったんだって。だから、同じ曜日の同じ時間に、みんなで行こうって出直したらしい。出直した理由? 二人ともオバケが怖いからだって。バカでしょ。


 そんなこんなで日曜の昼間。私は家の前で迎えが来るのを待っていた。深夜じゃないんかいって思ったけど、この時間帯だからこそ警備がいなかったのかもしれないとも思って、深く追求はしなかった。私だってそれっぽい時間に行きたいわけじゃないし。友仁の気が済むならもうそれでいいっていうか。あと、深夜に行くと、神山かみやま姉妹がギャーギャーうるさそうでイヤ。

 ぼんやりとして立っていると、想像していたよりも大きくてごっつい車が私の前に止まった。助手席の窓がウィーンと動いて、開ききるのを待てなかったみたいに、優さんが「やっほー!」なんて笑いかけてくれる。親指で後ろの席をぐいぐいと指して、とっとと乗れとジェスチャーする。本当にこの姉妹は相変わらずだ。


 ワゴン車のスライドドアを開けて中に乗り込むと、運転手の見知らぬ女性にびっくりしながら挨拶をする。てっきり優さんが車を出すんだと思っていた。私の隣には友仁が居て、ドアを閉めようとする私の背中を何かで突ついた。


「うーっす! ほれ!」

「あぁ、友仁。なにこれ」

「山の中って言ったっけ虫すごそうでしょ!」

「あぁ、ありがと」


 私は渡されたスプレーを腕に吹きかける。念入りにしておいた方がいいよ、なんて声を背後から掛けられて体がビクッとなった。


「はっ……!?」

「あ。やっぱり私達に気付いてなかったんだ」

「おにぎり食べる?」

「あ、えと、はじめまして。いただきます」


 気付かれていないことに大した反応もせずにいた女性は美佳沙みかささん、おにぎりをくれたのは七恵ななえさんと言うらしい。二人とも、優さんの大学の友達なんだとか。私は窓を開けてスプレー臭さを飛ばしてから、おにぎりのラップを取ってかぶりついた。おいしい。


「やー、今日は瓜生うりゅうが車出してくれて助かったよー」

「私が率先して出してやったみたいな言い方をするな。お前がしつこかったんだろ」

「だぁって、お母さん今日に限って朝から車使うとか言い出すんだもん」


 慣れた様子でハンドルを握っている女性は瓜生さんと言うらしい。呆れた横顔を見るに、多分優さんにしつこくドライバーを頼まれたんだと思う。友仁に誘われた私みたいだ。


「そういえばこないだの台風、わやだったしょ! みんな大丈夫だった!?」


 私達の住む地域に台風が来るのは稀だ。内地の人からしたら大したことないかもしれないけど、それにしたってこないだのはすごかった。古い木造家屋の屋根が吹っ飛んだりしてたし。全国区のニュースで近所の映像が出てるのを観て、びっくりしたのを覚えている。

 みんなは口々に被害を語った。自転車が倒れてペダルが割れてしまったらしい瓜生さんも可哀想だったけど、一番は七恵さんの実家の犬小屋だ。再建するまで室内飼いになってるらしい。


「ここ、右か?」

「え? もう一本先じゃない?」

「この先に道があるのか?」

「えぇ〜……そう言われると自信無くなってくるんだけど……」


 運転席と助手席の二人は、スピードを落として道を曲がるべきかどうか検討している。辺りはすっかり人気ひとけの無い山だ。ここでスピードを落とそうが停車しようが、後ろに続く車なんて一台も無い。二人ともかなりのんびりした口調で辺りを見渡していた。

 友仁が、「私も多分、まだ真直ぐ走ったと思う」なんて呟くと、瓜生さんは車を直進させた。


「いいの?」

「二人の記憶違いだったら適当なところで引き返せばいいだろ」

「いやぁ、苦労かけるねぇ」

「苦労して向かう先が心霊スポットだっていうんだから呆れるよな」

「まぁまぁ。お弁当もあるし、気楽に行こうよ」


 私もオバケにはビビってないけど、七恵さんは今日のこれをピクニックくらいにしか思っていなさそうだ。穏やかで優しそうなお姉さんって感じなのに、この中で最も肝が据わってそうにも見える。ちなみに、彼女の隣に座る美佳沙さんは、どうして付いてきちゃったの? って聞きたくなるくらいそわそわしていた。


「あの、美佳沙さん、大丈夫ですか?」

「う、うん……また優に騙されたんだって理解しただけ……」

「え?」

「あはは! 絶対嫌がると思ったから、ドライブだよって伝えてあったんだよね!」

「お前……美佳沙がいるなんておかしいと思ったら、そういうことか……」


 鬼なの?

 優さんはけらけらと笑って、わざわざ助手席から振り返って、暗い顔をしている美佳沙さんを観察している。この人、絶対ドSだと思う。


 それからしばらく走ってから、「ここ曲がって本当に大丈夫?」と聞きたくなるような道の前で、車は停車した。


「曲がることはできる、が……引き返すスペースが無かった時が地獄だな」

「あたしらはできたよ? 何度か切り返したけど」

「お前の車は軽だろ」

「でも、先に進んだらそういうスペースもあるかも? あたしらは途中で帰ってきちゃったから」


 瓜生さんは小さく唸ったあと、ゆっくりとハンドルを右に切った。わお、行くんだ。私は瓜生さんの勇気を心の中で讃えながら隣を見た。友仁がなんとも言えない顔で固まっている。


「……友仁が行きたがってたんじゃん」

「そうだけど……なんか、昼なのに暗いんだもん」

「そりゃ山の中だし……」

「あら友仁ちゃん、怖いの? じゃあいくに言って引き返してもらう?」

「い、いいし!」


 ”郁”というのはおそらく、瓜生さんのことだろう。七恵さんはくすくすと笑いながら、窓の外にぷいと視線を向ける友仁の後頭部を見ている。

 ワゴン車は獣道のような道をのろのろと進んでいく。木の枝なんかを踏んだら洒落にならないと、辛うじて残っている道を見失わないように慎重に走っているらしい。今年の冬に教習所に通うつもりだけど、車の運転が私につとまるのか、ちょっと心配になった。


「あれがバリケード、か……」

「うわ……え? 奥のやつ、倒れてない?」

「ほ、ホントだ……ねぇ優。やっぱり引き返した方がいい」

「はぁ!? なんで!?」

「なんでって……今はあそこだけかもしれないけど、何かの拍子で他の板まで倒れたら? 怪我じゃ済まないかも」


 美佳沙さんの口調はオバケが怖いから言ってるって風じゃなかった。本当にこの場にいる全員の身を案じている声色だ。あと、危機管理能力が低そうな優さんにちょっと呆れてる感じもある。仲いいんだろうな、二人。

 美佳沙さんの言う板とは、バリケードのこと。大きな板が周囲を覆うように地面に突き刺さっていて、おそらくはこれに阻まれて中の様子を窺うことができなかったんだ。警備の人間なんていなくても、まともな人間はこれを見て超えようとは思わないと思う。それくらい、迫力のある壁だった。


「美佳沙の言うことも一理ある。が、車を切り返すためにも、あの近くまでは行きたい」

「それは、わかった」


 大きな板は団地の内側に向けて倒れているけど、もし外側に向けて倒れていたら、車が動くスペースを潰されていたかもしれない。そうなっていたら、バックで引き返しすしかなかったのかな。考えるだけでぞっとする。

 前進とバックを何度か繰り返して、私達が乗って来た車はすぐに帰れる形になった。あの板が倒れてきたときのことを考えて、少し離れたところに停車している。


「で、だ。私は美佳沙に賛成する」

「えー!? 行こうよ!? その為に来たんでしょ!?」

「バリケードが倒れてるなんて優も考えてなかったでしょ」

「そうだけどさー」


 優さんと美佳沙さんは、意見が対立しているというのに、どこか和やかな空気を醸し出していた。このままじゃ埒があかないと思ったのか、瓜生さんは私達に意見を求めるように振り返った。


「とりあえず、これ食べてみない?」

「七恵……」

「せっかくみんなのお弁当を作ってきたのに。このまま引き返すんじゃ、これはどこで食べればいいのよ」

「……そうだな、いただこう」


 七恵さんの一言により、少し早めのランチになった。心霊スポットの真ん前に車を停めてランチにするって、かなり不思議な状況な気がする。七恵さんはお手製の”おにぎらず”を私と友仁に渡す。食べたい分を手に取って、それぞれ助手席と運転席に回した。


「友仁、もっと寄越せ」

「郁さんは毎日食べてんでしょ」

「それとこれとは別だろ。おい」


 友仁は、受け取った五つの内、なんと四つを自分の膝の上にキープしている。瓜生さんが本気でキレる前に、少なくとも二つは渡した方がいいと思う。っていうかそうして欲しい。座席に肘をついて友仁を振り返る瓜生さんの目が全然笑ってない。私は隙を突いて瓜生さんに適当な包みを渡した。


「あー! 裏切ったー!」

「裏切ってないから……ここまで運転してくれた人になんてことしてんの……」

「そりゃそうだけどさーもー」

「この姉妹に振り回されるのは毎度のことだ」


 優さんは友仁ほど子供じゃないけど、昼食にほとんどありつけなかった瓜生さんを見てすごい笑ってたから、五十歩百歩というか。瓜生さん、いつも苦労してるんだろうなって同情してしまった。


「で、だ。改めて訊くが、このあとどうする?」


 私は七恵さんから紙コップに入ったお茶を受け取りながら、瓜生さんの声に耳を傾ける。そして口の中をすっきりさせてから、自分の考えを口にしてみることにした。


「私、行ってみたいです」

「なっ……友仁ちゃんの友達が乗ってくるとは……意外だった……」

「だな。友仁よりも気が強そうだ」

「だってせっかく来たんですし。封鎖されてた場所の中に入るってことは、多分熊の心配はないですよね?」

「え? そこ?」


 優さんが指摘すると全員が吹き出す。笑われている私は少し居心地が悪い。オバケなんて不確かな存在にビクビクする暇があるなら、もう少し熊に怯えた方がいいと思うんだけど。


「ね? あたしがしつこく誘った理由が分かったでしょ?」


 友仁は何故か楽しげにみんなに告げている。面白い人枠で連れて来られたのかな……私、多分そんなに面白いこと言えないんだけど。


「んじゃまー、行くか! 先頭任せて大丈夫?」

「いいですよ」

「即答……!?」

「かっこいい……」


 美佳沙さんから向けられる視線がやけにキラキラしてて、さっきとは違う意味で居心地が悪かった。

 食事を終えると、改めて虫除けスプレーを吹いてから外に出る。足元にたくさん虫が居たらどうしようと思ったんだけど、それは杞憂だった。怖いなら後ろに居ればいいのに、友仁は私の腕にくっ付いて離れようとしない。打ち合わせでは私と瓜生さんが先を歩く予定だったんだけど、多分もう忘れてるんだと思う。


 根元から折れるように倒れたバリケードを見下ろす。未だに地面に刺さった部分を見ると、朽ちたコンクリートから金属の棒が何本か出ている。引っ掛けないように跨げば問題なさそうだ。

 すぐ後ろに居た瓜生さん達が小さな声で囁き合っている。


「……数日前の台風のせいかな?」

「おそらくは。倒れたバリケードの感じから見て、長い月日が経っているとは思えない」


 こんなところに来るとは聞かされていなかった美佳沙さんがスカートを履いていたから、私と友仁とで背の高い草の根元を折るようにして踏み固めて進む。瓜生さんも手伝ってくれた。

 優さんは、むすっとした顔の美佳沙さんに何回か叩かれていた。当然の報いだと思う。


 少し進むと、ところどころ土が見えてきて、かなり歩きやすくなった。草を踏むのに夢中になっていた私達は、顔を上げてほぼ同時に間抜けな声を上げる。


「うわー……思ったよりデカいんだけど……!」

「なんか、かっこいい……」


 私達は真ん中の建物に、引き寄せられるように歩いて行った。人の気配を感じさせない程度には朽ちていて、だけど風格のようなものを感じさせる。”なんかかっこいい”以外に、目にした光景を言い表せなかった。


「奥のってヤグラってやつ!?」

「あぁ、そうだろうな。見たことなかったのか?」

「……よく考えたらあるかも」

「優、バカ」

「ふふふ」


 後ろの大学生グループも、心なしかはしゃいでいるように感じる。私と友仁は小走りで建物へと近寄った。すると、団地の入口に先客の姿を発見した。

 一番乗りじゃなかったことをちょっぴり残念に思いながらも、他の人が居たことに少し安心する。人の姿を確認して、真っ先に声を上げたのは友仁だった。


「なんでこんなとこで寝てんの?」

「寝てはないでしょ?」

「いや寝てるって」


 言いながら、声がゆっくりに、そして小さくなる。先客に近付く。小さな違和感が私の心に影を落としていく。あれ。これ。なんだろう。


「あの、さ……変じゃない? 服とかボロボロ、だし……」


 目の前まで歩いてきた私達は、女の子二人の異変を、遂に無視できなくなった。眠っているみたいに綺麗なのに、でも……。


「死んでる……?」

「……っぽい」


 それから、私達は無言で二つの遺体らしきものを観察した。死んでるようにも見えるし、作りもののようにも見えるし。生きているようにだって見える。でも、二人は、きっと……状況を認識していくにつれて、手が震えて、呼吸が浅くなっていく。心臓がうるさい。友仁は振り返って、優さん達を大慌てで呼んでいた。

 また友仁がふざけてるんだろうと鼻で笑われていたけど、実際に手を繋いで静かに座っている女の子達を見ると、誰も笑えなくなった。というか美佳沙さんはショックで気を失った。瓜生さんにおぶられておとなしくしているけど、多分優さんは気が付いた美佳沙さんにボコボコにされると思う。勇敢にも、七恵さんは女の子の首に触れて、何かを確認している。


「冷たい……やっぱり亡くなってると思うわ」

「バリケードが壊れてるって、早く大人に言った方がいいよね」

「いや、やめよう」

「はぁ?」

「私達はここに来なかったんだ。いいな」


 息巻く友仁を、瓜生さんは制止した。そして踵を返して歩き出す。私達も彼女につられるようにその場を離れた。

 美佳沙さんを背負っているというのに、来たときよりも歩くスピードが速く感じる。私には彼女が強く主張する理由は分からなかったけど、七恵さんも、優さんですら反論しなかった。


「私達が関わっていないと証明する術があるか?」

「え? どゆこと?」

「たまたまあそこが壊れていて、たまたまタイミング良くそこを見つけて、たまたま死体らしきものを見つけたって言うのか?」

「……分かった。あたし、何も見てない」

「偉い」


 偉いんだ……。だけど、瓜生さんが説明してくれたことは分かった。確かに、大人にこんな話をしたら、少なくとも面白半分でここに来たことがバレちゃうし。下手したら事件に関与していると思われるかもしれない。メリットなんて何もない。


 全員が車に乗り込んだことを確認すると、瓜生さんはさっきよりも少し速めにガタガタとした獣道を進んで行った。山の入口辺りを通り過ぎて、高速のインターの看板を視界に入れるまで、奇妙な沈黙が流れ続けた。


「っはー……マジで、今日のことは内緒ね。絶対内緒」

「分かってるってば。口を滑らせる可能性があるのは友仁だけじゃん」

「はぁ? 優も危ないから。あたしだけじゃないから」

「ダメだな、この姉妹」


 太い通りに出ると、赤信号で止まっている間に、瓜生さんは煙草に火をつけた。すぐに私の後ろの席から、彼女の下の名前を呼ぶ声がする。多分、高校生の前で吸うなという意味だろう。私は気にしなくて大丈夫だと声を上げたんだけど、瓜生さんは慌てた様子で煙草をもみ消してしまった。


「あーあ! 子供の前で煙草吸った! いーけないんだ!」

「すまない……つい、いつものくせで」

「いえ、本当に気にしないでください。お父さんも吸うし、ね?」


 私としてはあんまり気を遣わないで欲しいんだけど、大人の立場から言わせると、そういうわけにはいかないらしい。お父さんなんか家で普通に吸ってるから、本当に気にしなくていいのに。


「いーけないんだ、いけないんだ!」

「友仁。お前のお姉ちゃん、ここで下ろしていいか?」

「こんな何もないとこで!?」

「いいよ」

「庇えよ! 妹!」


 私は優さんを中心としたコントを眺めながら、さきほどの光景を思い出していた。眠っているような少女二人の、どこかあどけない死に顔を。静かに物思いに耽っていると、友仁が声をかけてきた。


「……どしたの?」

「いや……あの遺体、なんか幸せそうに見えたなって」

「……そうだったかもね」


 友仁は滅多に見せない真剣な表情で頷いてくれた。彼女達がどうしてあんな形で亡くなっていたのかは分からない。というか、本当に人だったのかも分からないし。死んで十年以上経ったら、普通は腐って骨になってるよね。だから多分、全員でオバケか幻覚を見たんじゃないかな、とも思う。確かめに行く勇気はないけど。なんらかの方法で綺麗なまま亡くなっているんだとしたら、それこそ邪魔したくないし。

 まだ警備が機能してるなら、きっと近いうちにあの壁も修復されるはず。むしろそうであってほしいと思った。


「なんか眠たくなってきたかも……」

「家近くなったら起こすから、ちょっと寝なよ」

「で、でも」


 私はちらりと瓜生さんの方を見た。運転させておいて自分は寝るって、家族でもないのに悪い気がする。視線を感じたのか、彼女はちらりとバックミラーを見ながら言った。


「気にするな。適当なところに捨てておいてやるから」

「え……」

「今のは冗談だ」

「郁」

「悪かった」


 冗談だったんだ……良かった……。七恵さんの低い声が車内に響くと、あの瓜生さんが怯えるような声で謝罪した。なんか二人の力関係が分かった気がする。

 友仁は「おーよちよち、怖かったね」なんて、明らかに馬鹿にした声を上げて、私の肩を抱き寄せた。態度は気に食わないけど、誰かに体重を預ける心地良さには抗えない。昨日遅くまで勉強していたせいか、本当に眠い。


「このまま寝てなって」

「……ありがと、そうする」


 このご時世、炭山なんて殆どが潰れているけど、昔はそうじゃなかった。そうじゃなかった時代に、たまたま生まれた人が犠牲になった。彼女達は私達の礎になってくれたんじゃないかとか、キャラに合わないことを考えながら、友仁の肩に頭を置いて目を瞑る。私はテスト前お馴染みの友仁の嘆きを聞き流して、小さく微笑んだ。


「にしても明日からのテスト、マジでヤバいってー」



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