膜に覆われたマチ Ⅲ


 暗い映写室の中、私は三笠さんの身体を押さえ付けて見下ろしていた。自分がどうなっているかくらい、確かめなくても分かる。子供じゃないんだから。


「夕、なに、するつもり」

「分かんない。わたし……」


 焦らしてるつもりはなかった。私は、三笠さんに何をしたいのか、本当に分からなかったのだ。セックスしたいなんて、思っていない。だけど、私は今、確実に興奮している。

 三笠さんもそうなのかは分からないけど。これがガスの影響だと言うなら、彼女だってきっと変わらないだろう。っていうか頭が回らない。何をしたいのかなんて分からないけど、いま彼女が私に身を捧げてくれたら、きっと嬉しい。


「ねぇ。私、今すっごい興奮してる」

「……わかるよ、いちいち言わないで」

「三笠さんは?」

「……夕ほどは。多分」


 視界は最悪だけど、彼女が顔を背けたのは分かった。

 三笠さんはいつもこういう言い方をする。私ほどじゃないって。それってつまり、やっぱり多少は体が反応してるってことでしょ。

 お互いの顔がギリギリ視認できるような空間で、私達は言葉を交わす。会話の途中に互いの吐息が響いて、その僅かな雑音が妙にうるさくて、私は誤摩化すように口を開いた。


「ここまで来たら、確かめないわけにはいかないよね」


 私が何をしようとしているのか、この一言で三笠さんは察したと思う。だけど、あえて何も言わずに、ただ浅い呼吸を繰り返して壁を見つめていた。羞恥心から目を逸らしているのか、ナエさんとの思い出を踏みにじった私のことなんて視界に入れたくないのかは分からないけど。

 ズボンのボタンに手をかけてチャックを下ろす。きっと彼女の下腹部は真っ白なんだろう。薄い皮膚の上に指を滑らせると、身体が少し反応した。


「ねぇ。腰、浮かしてよ」

「私が夕のために、そんなことすると思ってるんだ」


 恨めしそうな声に同意してみせると、私は彼女の衣類を下着ごと強引に引っ張った。膝くらいまで下ろして、完全に脱がせる意味もないから手を止めた。ナニを挿入するわけじゃないし、衣類に脚を通している状態の方が、動きを制限できそうだと思ったから。

 彼女の膝の裏を持って押し上げると、秘部がこちらを向く。正常位みたいって気付いて、少し笑った。

 ここまで恥ずかしい格好をさせられると思っていなかったのか、三笠さんは手を伸ばしたり起き上がろうとして今さら暴れている。よく見えないけど、多分顔も真っ赤なんだろう。

 私は左腕で彼女の両足を抱えて、何も言わずに薬指と中指で彼女の体を貫いた。噛み殺すような短い声が上がったけど、構いはしない。予想以上に濡れそぼったそこから指を引き抜くと、今度は自分の口に入れてみる。瞬間、頭の中が真っ白になった。

 温かくて涙よりも量が多く、唾液よりも粘度が高いそれに、私の脳は甘く痺れた。


「夕、ほんと……最悪……」


 三笠さんは私を軽蔑するように吐き捨てるけど、私は自分の指に付着した彼女の体液をしゃぶりつくすのに忙しい。何も言わずに彼女の脚を抱えたままじっとしていると、私の腕に何かが触れた。視線を落とすと、それは彼女の指先だった。


「ねぇ……もう、離して」


 指だけじゃ飽き足らず、拳や掌にも舌を這わせてやっと顔を上げる。おかしい、私、なんでこんなに、三笠さんと会話できないんだろう。彼女は私に、ずっと話し掛けてるのに。それが雑音にしか聞こえなくて、聞く耳を持てない。意識がどこかに囚われているような感覚が気持ち悪くて、それでいて都合が良かった。


「夕? 聞いてる?」

「……直接舐めたい」

「絶対イヤ。本当に蹴るから」


 本格的に抵抗し始めた彼女は、自由が奪われた状態で滑稽なくらい体を動かした。私の腕を強く掴んだり、爪を立てたり、肩を押したり。これが彼女の全力の拒絶なのかと思うと、無力過ぎてなんだか悲しくなるほど。

 半端に脱がせていた衣類を靴ごと脱がせる。上はどうでもいい。私は彼女とセックスをするつもりではないし。ただ、そこを直接舐めたいだけだ。布だろうが手だろうが、そこに至るまでの邪魔なものを排除するだけ。

 解放された太ももを両手で抱えて、顔を落とす。なんとなくそんな気はしてたけど、三笠さん結構毛濃いな。これ言ったらまた泣くかな。いや、小学生じゃないんだし、さすがに無理か。


「やめてって……! ねぇ!」


 人に手を上げることは、彼女の中でタブーだったのだろう。ひと際大きい拒絶の声と共に、三笠さんは遂に私の頭を叩いた。だけど、非力な彼女が無理な体勢から振り下ろした拳は、私を退けることはできない。

 行為を中断されずに済んだにも関わらず、残念だったこともある。それは彼女の声が震えていた事だ。きっと、また泣きそうなんだ。いや、もう泣いているのかもしれない。普段の私なら彼女のそれを無駄になど、絶対にしないのに。今この時ばかりは、涙は優先されるべきものではなかった。


「夕! やだ!」

「……っさいなぁ」


 なり振り構っていられなくなったのか、三笠さんは子供みたいな声を上げた。そして、それを聞いて私が発した言葉の冷たさに、彼女は押し黙った。直後に、拒絶を示し続ければもしかしたら止めてくれるかもしれない、という彼女の希望を打ち砕いてしまったことに気付いた。でも否定はしない。その通りなんだから。

 彼女の腰を乱暴に引き寄せると顔を降ろす。陰毛が鼻に当たってくすぐったい。きっと彼女は彼女で、私の息が当たってくすぐったいんだろう。甘い香りはすぐそこで私を誘う。時たま振り下ろされる拳を頭に受けながら口を開いた。

 始まってしまう予感を感じたのか、三笠さんは私の頭を叩いていた手を開いて、今度は押し退けようとしている。さすがに両手で突っ張られると首が痛い。改めて組み敷くのも面倒になった私は、再び彼女の秘部に指を二本、深々と挿した。突然の責めに驚いたのか、それとも単に痛かっただけなのか、彼女は情けない嬌声をあげて動きを止めた。だけど、すぐに手に力が戻る。なかなか強情だ。


 彼女の中の指を抉るように曲げて、最奥に触れるように伸ばす。その動きを何度がゆっくりと繰り返す。顔を上げてみると、彼女はやっぱり、私を睨んでいた。

 睨み合いながら、私は反応を確かめるように指だけを動かした。彼女のそこが刺激を受ければ受けるほど、あの蜜は溢れてくるのだ。だとすれば、彼女を無力化する意味でも、後の楽しみを育てるという意味でも、この行為は無駄にはならない。

 気丈に振る舞っていた三笠さんだったけど、徐々に腕の力が抜けてきた。私の指の動きに声が呼応していることに、本人は気付いているのだろうか。

 できれば愛液が床についてしまう前に決着をつけたい。ここがいくらこまめに掃除されていると言っても、流石にコンクリートの床を舐めるのはイヤだ。


 中が生き物のように蠢いて、彼女はついに私を解放して、後ろに手を付いた。ここまで来て寸止めは流石に可哀想だ。達してくれた方が、きっと私だって楽しめる。だから三笠さんの限界が近いことを悟っても、手を止めなかった。むしろ、昇り詰めることを手助けするように、なんとなく彼女の反応を見ながら良さそうなところを責め続けた。


「あっ、やだ、夕……やめっ……!」

「なんで? イきたいんでしょ。分かるよ」


 三笠さんは片手を私の首に回すと、身体を強張らせた。なんとなくでこんなに上手くいくなんて、女同士って楽だな。なんて、他人事のように思った。

 彼女の中を蹂躙していた指がぎゅうと締め付けられた後、三笠さんは脱力した。肩で息をして、辛うじて私にしがみついているという格好だ。これでもう抵抗はできないはず。

 私はほとんど力の入っていない彼女の腕を首から外すと、やっと股間に顔を埋め直した。そして、待ちに待ったそれを、音を立てて啜った。三笠さんの体がびくりと跳ねて、私にまとわりついていた腕を伸ばして頭に触れてくる。私は顔を上げない。もう十分待ったから。

 舌先が滑った粘膜の上を滑る。はしたない音が響いて、それが三笠さんを辱めているのは分かっていたけど、別にどうでもよかった。彼女のそれは私を満たした。それが全てだ。口に含んだ分だけバカになるような感覚に見舞われながら、私は自分の舌を無遠慮に穴の奥へとねじ込んだ。


「夕、イったばかり、だから……ねっ、」


 制止していた彼女は、数分も保たなかったと思う。気付いた頃には、自分のそこに私の頭を押し付けて、腰を振って息を荒くしていた。よがった声を上げたと思ったら、急に拒絶したり。こんなことをしでかした私よりも情緒が安定してなさそうだ。


 可哀想、なんて。やっぱり他人事のように同情する。

 好きなだけ泣き喚けばいい。

 どうせこんなところ、誰もこないのだから。

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