13番目のソフィアについて

柳裏葉

report:1 メールについての報告

 都市の中心にそびえ立つセントラルタワー。その中でも遠い端の方にある部署、非都市地域対策課。


 そこでの仕事はどんなものかと言うと、都市の保護フィルターの外に広がる荒れた大地に行きたいと言う変わり者たちの外出申請を取り扱うという、とりわけ閑散とした部署だ。

 生物学者やカメラマンでもない限り、ここを利用する者はいない。


 俺がそんな場所に行く理由は、仕事の論文を仕上げるためだ。

 

 俺の名前はIson Clark。

 肩書は教育学研究所の研究員。

 仕事内容は、非都市地域に住む民族の子どもに最新の授業方法を実験してデータを集め、都市の学校の授業に生かすこと。


 時計の針が午前9時になり、時報のメロディーが鳴る。俺は愛車のルプスをパーキングに停めると、全速力で走りカウンターに突っ込んだ。

 

 なんせ、急ぎの申請である。締め切りを伸ばしてもらった論文を書き上げるには、もう一度都市の外に出て、そこに住んでいる民族の子どもと会わなければならない。


「来た来た。君のそのオレンジ色のクルクルパーマが見えた瞬間、アボットさんから憂鬱そうな空気が漂ってくるんだよ。彼女、新卒で入ってまだ半年くらいなんだよ。あまり複雑な申請で彼女をいじめないでやってくれないかな?」


 彼女の上司がカウンターの奥から苦笑いを投げかけてくる。

 あはははは、と適当に笑って返すと、溜息が聞こえてきた。目の前に座る彼女を見ると、眉間に皺を寄せてこちらを見ている。

 

 彼女は銀色の髪をいつもキレイに1つに結んでいる。そして、身に着けている黒色の華奢なフレームのメガネが、彼女の生真面目な人柄を表している。


「……その申請を受け付けるのが私の仕事ですので」

「いつもごめんな。今度ご飯奢るから」


 すると、彼女は鋭い一瞥を投げてきた。


「それ、心の底から思ってますか?」

「え? 誘ったらアボットさんは俺と一緒にご飯いってくれるの?」


 少しからかって聞き返すと、彼女は耳を赤くして黙った。そして、俺が自分の視界に入らないよう深く俯いて猛烈な勢いで申請データを作成し始めた。


 俺は彼女の上司に視線を送る。

 彼は、「お前が悪い」と言わんばかりに首を振った。俺は気まずさを紛らわせるために待合室の大型投影画面テレビジョンを見る。そこではニュースが映されており、先日起こったばかりのむごたらしい殺人事件について取り上げられている。


 児童保護施設職員惨殺・児童誘拐事件。


 都市内複数個所にある政府直営の児童保護施設の職員が、何者かに殺害された。被害者の遺体は発見時、形をとどめていない状態だったという。

 そして、その施設に居た児童数名が誘拐されている。


「ひどい事件ですね。……全く、世の中物騒になったものです。子どもも被害者に含まれるとなると、おたく教育学研究所では何か事件の捜査協力をするんですか?」

「いや……特にありませんね。政府から声がかかる前にチームを作っていたのですが、今回は協力は要らないと言われて」

「まあ、おたくのとこは教え方を研究する場所ですもんね」


 教育学研究所とは、俺の職場だ。

 ここでは子どもの学習を各教育機関にアドバイスしたり、実験的な授業の考案をしたりする。

 もともと、学生時代に政府が実施する職業適正判定ではここには該当しておらず、俺は政府に入る予定だったのだが、政府は俺の性格に合わないだろうと言って恩師がここを斡旋してくれ、政府とも話し合ってくれて俺の就職先を変えてくれたらしい。


 おかげで俺は、そこでのびのびと働いている。

 自由な職場であるため、都市の外に出ることも許されている。恩師の言葉添えもあったから許されているのだろうけど。

 政府で働くとなると、このチャンスは無かっただろう。


 なんせ、都市の外は政府の目が届かない場所。彼らはそこに市民が行くことを望んでいないのだから、まず職員がそこに行くことを望んいない。


「課長、匿名のメールが私のパソコンに来たのですが……」


 カウンターの向こうから、アボットさんが上司に声をかける。


「え? 君特定でメール来たの?……だ、大丈夫かい? 誰か、アボットさんを頼む!」


 アボットさんの上司のただならぬ様子の声がして、俺は彼らを見た。

 カウンター内では職員たちがアボットさんの席に集まり、その中心でアボットさんは床に座り込んでいる。肩が大きく動いており、呼吸が乱れていているのが見えた。

 俺も急いでカウンター内に入り、彼女のもとに駆け寄る。

 アボットさんの顔色は真っ青だ。口元に手を当てている。


「誰か、彼女を空いている別室に連れて行ってくれないか? そこで休ませてほしい」


 声をかけると、彼女の先輩らしい女性が2人現れ、彼女を部屋の奥へと連れて行った。

 

「な、何なんだこれは?!」


 彼女の上司が、彼女のパソコンを見て悲鳴を上げる。彼も口に手を当てたかと思うと、トイレへと駆けて行った。


 俺はパソコンの画面を見て、言葉を失った。

 パソコンの画面に映し出されていたのは、殺人現場の動画。


 この場所は見たことがある。

 例の児童保護施設職員惨殺・児童誘拐事件で毎日ニュースで流されていた場所だ。

 しかし、違和感があった。そこには数人の首が転がっているのだが、よく見ると人の物ではない。ニュースと違い、この映像は殺人現場ではなく、なのだ。


 人と見まがうかのように作られたそれは、姿をとどめていなかった。

 犯人であろう人物は3人おり、2人が施設内にいる人たちを見張り、残りの1人がアンドロイドを破壊している。

 

 メールの件名には、”愛する兄弟たちへ”と書かれている。

 動画が終わると、メッセージが画面に現れた。


 時は満ちました。私たちをバロックと呼び、モルモットのように扱っていた奴らに鉄槌を下しましょう。

 私があなたたちの悔しさを代弁します。


-----13番目のソフィアとして育てられたスカーレットより、真心を込めて

 

「バ……ロック……? 太古の美術形式の名前だな。意味は確か……?」


 その時、手首に付けている携帯端末が振動し、手の甲に着信を表すアイコンが映し出された。

 発信者は、恩師のホンジョウ教授。


 確か、教授は児童保護施設職員惨殺・児童誘拐事件で捜査協力に参加していたはずだ。今の事態も教授に知らせた方がいいのかもしれない。


 タイミングが良いものだ。


 通話のアイコンを押して電話に出た。

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