そこにわたしはいない

みどりこま

無間地獄の回想

 私は、あの二人が好きだ。

 いつも一人だった私を引っ張っていってくれた、あの二人が好きだ。

 例え、あの二人にとってお互いこそが一番であり、私は二番目であっても。

 私にとっての一番は、あの二人だから。


                  ☆


「ねえ」

「何?」

 それはいつのことだったか。そんなこと、今となっては思い出せない。ただ、月夜だったことだけは、まだ脳裏に焼き付いている。

 私と彼は、二人きりで月見酒をしていた。

 私の隣にいる男は、いつもふらりと現れ、ふらりと去っていく。それに前触れなんてない。いつだって突然のことだ。だから彼の幼馴染が「いつもいつもふらふらして!」といつもぷりぷり怒っている。

「もし、僕が物凄く悪いことしたら、僕のこと、殺してくれる?」

 ちょっとそこの消しゴム取って、みたいなノリで重いことを言われた。

「……何それ。縁起でもないこと言わないでくれる?」

「結構本気なんだけどなあ」

 私がうんざりした様に返せば、奴はケラケラと笑う。

「ねえ、お願い。ついでに言うと、アイツのことも頼まれて欲しい」

「アイツって、あの子?」

「そう」

「……ねえ、アンタ。もしかして「もしもの話だよ。僕達、いつどうなるか分からないでしょ?」……そうだけど」

 確かに、私達はそういう職業についている。

 政府お抱えの超能力者なんて、危険極まりない職業に。

「ねえ、お願い。頼まれて。キミにしか頼めないことなんだよ」

 いつも胡散臭い笑顔を張り付けているくせに、その時ばかりは真剣な表情で見つめてきた。こういう時のコイツは、本当に真面目な話をしている時だ。当時は数年の付き合いだったが、それでも、奴の出す雰囲気で分かってしまった。

「…………はあ。分かった。分かったから。約束する。アンタが悪いことしたら、私が殺しに行くわ。あの子のことも頼まれてあげる」

 こんなこと、あの子には頼めないでしょうし、数少ない友人である私が引き受けるわよ、と私は深い溜息と共に吐き出した。

「ありがとう。本当、キミと出会えて良かったよ」

「……」

 本当に、心の底から安心したように奴は微笑んだ。

 それが酷く、ムカついたのは忘れない。


                   ☆


 そして、時は過ぎて、大人になって。

「あーあ。本当にこうなっちゃうなんて。これも全部想定内かしら?」

「さあ?」

 誰もいない戦場で、私達は対峙していた。いや、正確には私の後ろに一人、政府の役人――私達、政府お抱えの超能力者をまとめる役職につく男がへたり込んでいるのだが、勘定に入れないでおこう。

 目の前に立ちはだかる男は、相変わらず、胡散臭い笑顔を張り付けていた。

 数年前、目の前の男は何もかもを裏切って――それこそ、彼が一番大切にしていた幼馴染も裏切って、私達の前から姿を消した。多くの機密情報を盗んで。この国の脅威と成り果てて。

 私は、分かっていたはずだ。あの日、あの月夜に、コイツが物騒なお願いをしてきた時から。いや、もしかしたらもっと前――出会った時から、コイツが幼馴染以外何も信じていないことは分かっていたはずだ。コイツがいつも気を張っていて、本当は政府を憎んでいて、私を利用しようとしていたことぐらい、分かっていたはずだ。分かっていて、私は何もしなかった。いや、違う。

 多分、この時を待っていたんだ。再び二人きりで向かい合う、この瞬間を。

「……約束を、果たしに来たわ。でもその前に、一つだけ聞いて良い?」

「どうぞ」

 私の言葉に、奴は頷いた。相変わらず、張り付いた笑みを浮かべている。

「いつまで、あの子を泣かせるつもりなの」

「――――」

「ずっと泣いているのよ、あの子。アンタが一番大切にしていたあの子が、泣いているのよ。ねえ、分かってるの?」

 私の質問が予想外だったのか、目の前の男は、いつもの仮面のように張り付けていた笑顔を忘れて、驚愕の表情を前面に出している。もしかして、「どうして裏切ったのか」とか聞いてくると思っていたのだろうか。生憎、そんなくだらないことに時間を割いている暇はない。

「な、にを……」

「アンタが裏切ったのは政府なんかじゃない。仲間なんかじゃない。アンタは誰も、何も、信じちゃいなかった……最初から、ただ一人を除いて。そして、アンタは数年前、とうとうその一人を裏切った。アンタの幼馴染を裏切ったの。違う?」

「だ、まれ」

「アンタはあの子を巻き込みたくなかった。だから、あの夜、私に物騒な“お願い”をしてきた――あの子はあなたにとって一番大切だけど、巻き込みたくないから何も話せない。だから、私に話した。断片的でも、私が何か察してくれるとアンタは分かっていたから」

「黙れ」

「まったく、相変わらずあの子のことになると無鉄砲と言うかなんというか……私が察しなかったらどうするのよ。約束を守らなかったらどうするつもりなのよ。本当、そんなんじゃあ、いつまでもあの子が泣き止まないじゃない」

 私は小さく笑う。

 ああ、目の前の男が本性を隠せず、狼狽えている。激高している。ちょっと愉快だ。でも――不愉快だ。

「うるさい。さっきから何を言っている?僕がアイツを大切にしていた?それなら、僕はどうしてアイツを殺しているんだ。矛盾していないか?キミのそれは、ただの妄想だ」

「お互い嘘吐きですもの。お互い、ね」

「……何が言いたい」

 目の前の男が唸る。もはや、笑顔の仮面を張り付けられない程、余裕がないらしい。

「別に。私が言いたいのはただ一つ。ここが分岐点ってこと。今なら、まだ戻れる」

「戻れるわけないだろう。僕が何をしたのか、キミは分かっているはずだ」

「あら?私の言ったことは全て妄想だって言ったのに」

 クスクスと笑えば、ふざけている場合じゃないだろう、と怒鳴られた。

「そんなに怒らなくてもいいじゃない。でも……ええ。真面目な話、ここが分岐点なのよ。言っておくけど、私はアンタがやったことは許さないから。特に、あの子を泣かせたことは許さない。絶対に」

 私は言い放つ。

「私はあの子に笑っていて欲しい。その為には、その隣にアンタが必要なの。アンタにとって一番大切なのは、あの子でしょうけど……私にとっては、アンタ達二人が一番大切なの。あの子の幸せの為にも、アンタの幸せの為にも、アンタ達二人は欠けちゃ駄目なのよ」

「き、キミは、なにを……」

「私はアンタ達に何があったのか分からない。アンタがどうして、政府を憎んでいるのか、私達に宿る能力を憎んでいるのか分からない。だけど、それがアンタを苦しめているのは分かる」

 私は、奴を見据える。

「私にとって一番大切なのは、アンタ達。アンタ達が幸せなら、私は何もいらない。例え、アンタ達にとって、私が二番目であろうとも、私は構わない。私は、二人が幸せなら、どうなっても構わない。だから、アンタ達が幸せになる為なら――アンタの努力を踏みにじっても、私が世界を変えてやる」

 そう言って、私は後ろでへたり込んでいる男の方を向いた。

「聞いていたでしょう?」

「え、は、」

「同じ事を何度も言わせないでくれる?元凶。お前のせいで、お前達のせいで、私の友達が泣いて苦しんでいるんですけど」

 ざわり、と私の影が蠢く。

「ま、まて。貴様。何を……!」

「お前達のせいで、私の友達が苦しんでいるの。悲しんでいるの。だから――」


「私と一緒に、地獄へ堕ちてもらうわ」


 ざわざわ。ぞわぞわ。影が蠢く。

 全てを無に帰す、無間地獄の入口が開く。

「……!おい!お前は……!!!」

「……ごめんね。アンタとの約束、やっぱり守れないわ。私、アンタ達のことが大好きだもの。笑っていてほしいもの」

 影が広がる。男が悲鳴を上げて、飲み込まれていく。でも、抗おうと手を伸ばして出てこようとする。ああ、なんて醜い。思いっきり蹴り落としてやった。

「そういえば、私ずっと嘘吐いてた。私の能力ってね、影を操ることじゃないの。全部、無かったことにする能力――無の支配、っていうのかな。強力すぎて、影を操る能力にランクダウンさせていたんだけど」

「まさか――待て、待って!!僕はこんなこと望んでいない!こんなの!」

「ああ、私がしようとしていること、分かっちゃった?そうでしょうね。アンタ賢いもんね。でも、大丈夫。泣かないで」


 だってこれ、私が勝手にやっていることだもの。


「この方法だと、あの子は泣かない。あなたも無事――でも、罪の意識だけは、残しておこうかな。それが私の、小さな復讐。言ったでしょう?あの子を泣かせたのは許さないって」

「何を……!」

「さようなら、私の大切な友達。きっと私のことは分からなくなると思うけど……何のしがらみもなくなった世界で、どうか幸せに」

 私が影に飲み込まれる。政府の連中も、能力という理も、何もかもを飲み込んで。

 アイツの悲痛な表情が目に焼き付く。そして――後ろから、あの子が泣きそうな顔で走ってくるがみえた。あーあ、ないているところなんてみたくないから、おいてきたのに。

 でも、だいじょうぶ。あなたたちがなくのはこれでおわり。


 わたしのことなんて、すぐに“なかったこと”になるから。

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