野望潰えて 2

 交渉が終わった後、マスターTはマスターFに問いかけた。


「奴らは交渉に応じるでしょうか?」

「もう博士たちはいないと言ったのは君だぞ。本当にそうなら応じざるを得まい」

「それでも技術を放棄するとは限りません。あれこれと言いわけして引き延ばそうとするでしょう」

「とりあえずは技術の流出が防げれば良い。よそと交渉しないだけで十分だ」


 二人の話を聞いて、ずいぶん甘い処置だとA・ファーレンハイトは感じた。

 あまり追い詰めて他国に逃げこまれるのはまずいと判断したにしても、邪悪な魂が先進兵器を保持したままで生き残るのはもっとまずい。そう考えるのが普通だと彼女は思うのだが、この二人は違う様子。


 ファーレンハイトは率直に疑問をぶつける。


「お二方は邪悪な魂を放置しても良いとお考えなのですか?」


 マスターFとマスターTはお互いの顔を見合い、その後にマスターFが彼女の問いに答えた。


「邪悪な魂の本拠地はE国内のMエリアにある。そこはジノの父親サエルが古くから影響力を持つ土地だ。連中は今そこにいる。ジノは追い立てられて親元に泣きついたのさ。各国の厳しい監視を潜り抜けて、秘密裏に誰かと接触することは難しい。今日ここで私たちと交渉したことも多くの国に知られている」

「私たちも警戒されているのでしょうか?」

「心配するな。根回しはすませてある」


 強気に言い切る彼を見て、創始グループは貫禄が違うなとファーレンハイトは感心していた。



 そして約束の十日後、邪悪な魂は黒い炎の条件を受け入れて、NAの技術を放棄すると宣言した。

 宣言が確実に実行されるかどうかは監視を続けていくしかないが、黒い炎以外にも複数の軍事先進国家が目を光らせているので、ごまかしは効かない。


 これにて邪悪な魂はほとんど無力化されて、一地方の小規模な犯罪組織に戻る。

 完全な決着とは言えないかもしれないが、二つの組織の戦いは黒い炎の勝利に終わった。


 ファーレンハイトは戦いの日々に大きな区切りがついたことに安心していたが、そこに喜びの感情はなかった。

 世界は静かに滅びへと向かっている。資源の枯渇も各国の対立も本質的な問題は何も解決していない。このどうしようもなく行き詰まった世界を邪悪な魂が変えるはずだった。


(マスターT、これで本当に良かったんですよね……?)


 彼女はマスターTの下について、今まで知らなかった世界を知った。それなのに何が正しかったのか、どうすれば良かったのか、結局何も分からないまま。ただ言いようのない不安が心の中でくすぶっている。


(私はマスターになれるんだろうか? マスターになって良いんだろうか?)


 もしまた邪悪な魂と同じようにが現れたら――と考えると、ファーレンハイトの心は揺れた。その時、自分はを受け入れられるのか、それともただ拒絶するのか?

 後悔しない決断ができる自信が彼女にはなかった。

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