野望潰えて 1
北極圏でジノ・ラスカスガベが倒れてからわずか二か月で、邪悪な魂は世界中の支配地域を失い、表の世界からは完全に姿を消した。これまで邪悪な魂が吸収した組織は全て離脱してしまい、もう組織としての体もなしていない。最終的には親元に逃げこむように、E国を本拠地とする本家本元の邪悪な魂と合流した。
各国の軍隊は邪悪な魂にトドメを刺そうとはせず、どうにか裏取引でNAの技術を手に入れられないかと画策している。さっさと邪悪な魂を潰してNAの技術を全部奪ってしまえば良いと思うかもしれないが、そうすると邪悪な魂は別の国に救援を求めてしまい、せっかくの技術を得られないばかりか他者の手に渡してしまう。
各国とも我こそ白馬の騎士になろうと牽制し合って、邪悪な魂はどうにか生き延びていた。
◇
そんな中で黒い炎は邪悪な魂が持つNAの技術をどの国にも渡させず、放棄させることを目指した。E国での邪悪な魂との交渉はマスターFとマスターTが行い、さらに10人のエージェントが警備につく。
A・ファーレンハイトはその10人の中に含まれていた。彼女は射撃の腕を買われ、名目上は二人のマスターの護衛として行動をともにすることになった。
交渉を行う場所はE国の都市にあるホテルの一室。諸事情を勘案して、黒い炎が借りた部屋に邪悪な魂の者が訪れるという形を取っている。街中なので当然マスターもエージェントも全員スーツ姿であり、戦闘服を着たりはしていない。
邪悪な魂から派遣された交渉担当者は、グレーの縦縞のスーツを着た白髪の老紳士ロト・ナンバーズ。
彼の護衛には、つば広の中折帽を被り大きなトレンチコートを着てサングラスをかけた、いかにも怪しい風体の大男二人がついている。彼らの正体はダイス・ロールとドラム・リールだ。
ホテルの室内ではマスターFが長方形のテーブルに着いて待ち構えており、マスターTとA・ファーレンハイトが彼の左右を守っている。
さらにマスターFの部下が部屋の中に二人、すぐ外の廊下に二人、残りの五人はホテルの入口や階段といった要所に配置されている。
マスターFは座ったままで、入室した邪悪な魂の三人を迎えた。
「よく来た。まあ座ってくれ」
ロトは彼の正面に座り、大男二人は着席せずにロトの両脇につく。
マスターFはゆっくりと話を始めた。
「お宅のボスのことは残念だった。やったのはここにいるTという男だが、悪く思わないでくれ」
「つまらない前置きは抜きにして、さっさと本題に入ってくれないか」
「そうかい? それなら……OOOの技術を捨ててくれ」
「そうはいかない。私たちにとっては命綱だ」
「まあそうだろうな。ところでその命綱……本当はもう切れてるんじゃないか?」
初めロトは淡々と答えていたが、その一言で眉を顰める。
「それならこんな所で話をする意味もない」
「あるさ。私たちがその気になれば、お宅らを潰すことは容易だ。OOOの技術を全て捨てれば、当面は見逃してやっても良い」
「話にならない。それで交渉のつもりか?」
「ああ、まじめな話だ。博士たちはもういないんだろう? お宅に残っている技術に大したものはない。違うか?」
マスターFの推測は当てずっぽうではなく、事実に基づくものだ。
いくらジノが倒れたとはいえ、それだけで邪悪な魂が急激に弱体化するとは考えにくい。もし博士たちが健在なら、ジノを復活させることも容易なはず。
それができないということは博士たちは邪悪な魂にはいないということ。
ロトは冷静に反論する。
「それなら放棄を迫る理由もないじゃないか」
「『大したものはない』というのは、私たちや大国にとっての話だ。小国や犯罪組織にとっては利用価値がある。ゆえに私たちはOOOの技術が拡散されることを望まない」
「話は分かったが、あまりに私たちにメリットがなさすぎる。乗れるわけがない」
「私たちも各国と交渉する。しばらくおとなしくしていれば手出しはさせない」
「口約束は信用できない」
「いくつかの国とは話がついている。A国とE国は私たちが提案した条件で構わないと言ってくれた。この二国はさらに他国の説得や牽制にも協力すると言っている。乗るなら今しかないぞ。どうせその技術もいつかは陳腐化する」
A国とE国はともに軍事先進国で、しょせんは犯罪組織にすぎない邪悪な魂が持てる程度の技術には興味がないということだ。
ロトは思案の末に答えた。
「一か月待ってくれ。それまでに意見をまとめる」
「待てないな。三日だ」
「いくら何でもそれは非現実的だ。どうしても譲らない気なら、こちらにも覚悟がある」
「五日」
「三週間」
「一週間」
「……半月」
「一週間だ」
「……十日」
「それで手を打とう」
こうして最初の交渉は終わり、邪悪な魂の三人はホテルを後にした。
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