運命の分かれ道 1

 ジノ・ラスカスガベとルーレット・アローは、展望室にマスターTとA・ファーレンハイトを通した。

 いつの間にか厚い雲は晴れており、夜明け前のような薄暗い青空がグラデーションをなして水平線の向こうまで一面に広がっている。


 ジノは室内にいた部下を追い払って、この場を四人だけにする。


「これは私なりの誠意だ。この場には私たちしかいない」


 仮に戦いになったとしても、時空を操る者に対抗できる存在は同じ時空を操る者だけで、敵も味方も数の内には入らない。究極的にはジノとマスターTのどちらが強いかという話になる。

 それでもジノが余裕の態度を崩さないのは、マスターTが相手でも勝てるという自信の表れか、はたまた絶対に味方に引きこめるという自信の表れか?

 彼の内心は彼にしか分からない。


「さあ、今日こそ君の決意を聞かせてほしい。私たちといっしょに世界を変えよう」

「その前に一つ聞かせてくれ。博士たちの行方を知っているか?」

「……彼らは姿を消したよ。私に手術を施したすぐ後に、エリオン博士の元に行くと言い残して。もうそんなことはどうでも良いじゃないか? さあ、答えてくれ」


 マスターTは何も答えずに沈黙する。

 ジノは眉をひそめた。


「この期に及んでまだ迷うのか?」

「……私にはできない」


 マスターTの答えを聞いて、ファーレンハイトは安心する。彼が最大最悪の犯罪組織に加担するわけがないのだ。

 ジノは納得いかないという顔で、マスターTに迫った。


「できないことはないだろう。君は黒い炎でを揮い、私たちを相手に戦った。誰仕えて誰戦うかが変わるだけだ。まさか黒い炎に忠誠を誓っているわけでもなかろうに」

「ああ、忠誠心ではない」

「何が不満なんだ? 金か、女か? まさか仲間を裏切りたくないなんて言うんじゃないだろうな?」

「どれも違う。何も不満はない。あなたが世界を変えたいというなら止めはしない」

「どうしても私たちの仲間にはなれないのか?」

「そうだ」


 ファーレンハイトはジノの剣呑な雰囲気を察知して、いつでも射撃できるように袖の下で密かに銃を握る。

 今こそ秘密兵器を使う時だと彼女は覚悟を決めた。


「……残念だ。それなら君たちを生かして帰すわけにはいかない。今からでも遅くない、心変わりすると言ってくれないか?」


 ジノはおもむろに白い手袋をした右手をマスターTに向ける。少しでもおかしな動きを見せれば、ただちに始末するという警告だ。

 それと同時にファーレンハイトもリボルバーの銃口をジノに向けようとしたが、腕が動かない。


(先手を取られた!?)


 彼女は焦った。動かないのは腕だけではない、首から下の全てだ。

 一部を除いて二人の周囲の空間が固定されている。それは首だけ出して地面に埋められたようなもの。


 マスターTは平坦な声でジノに問う。


「なぜだ?」

「なぜ? 本気で言っているのか? そこまで道理の分からない男ではないだろう。君が、私の脅威になるかもしれない存在だからだ」


 当然のことだとファーレンハイトは心の中でジノに同意した。

 マスターTは甘すぎるのだ。危機の芽は摘んでおくもの。味方にならなければ殺すというのは何もおかしなことではない。

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