一つの決着 2

 A・ルクスはマスターTの言葉を信じたのか、それ以上の追及はしなかった。その代わりに新たな質問をする。


「マスターT、他のマスターは?」

「後から来ると思う。A・ルクス、どこか悪い所はないか?」


 マスターTに問われたルクスは、自分の体を見た。そして初めて胸部に刃物が貫通した痕があることを認める。

 ファーレンハイトはルクスの戦闘服に開いた穴を凝視したが、傷は完全に塞がっており、O器官なるものは分からなかった。

 ルクスは服の穴をさっと片手で隠して答える。


「何ともありません。心配無用です」

「だったら良いんだけど」


 マスターTはそう言うと、その場で通信をはじめた。


「こちらT、二人を発見しました。……はい、無事――いえ、一人が怪我をして動けない状態です。命に関わるような深刻な様子ではありませんが……あぁ、A・ファーレンハイトです。敵は撤退したようですが、もしかしたらまだ何人か残っているかもしれません。……はい、……はい、……はい。気をつけてください」


 おそらくは待機している仲間に応援を頼んだのだろうと、ファーレンハイトは推測する。組織のエージェントたちが駆けつける前にやっておくべきことがあると、彼女は声を潜めてマスターTに話しかけた。


「マスターT」

「どうした、ファーレンハイトくん? 体が痛む?」

「そうではなくて。いや痛みはしますが、先にお話ししなければならないことがあります。超人たちのこと、マスターAのこと、そしてあなたのクローンだというゼッドのこと……」

「分かった。聞こう」

「その前に……監視カメラの映像を消去してください。あなたの戦いは入口の監視カメラを通じて、血と涙の者たちに見られていました。警備室かどこかに録画データが残っているかもしれません……」

「消去?」


 どうして消去する必要があるのかマスターTは理解していなかった。


 ファーレンハイトはゼッドの話を聞いて、マスターAの最期を他人に知られてはいけないと思った。マスターTも他人に自分の戦い方を知られたくはないだろうから話は早いと彼女は考えていたのだが、どうやら違うようで驚かされる。


「録画データを回収されて、あれこれ質問されることは避けたいでしょう?」

「ああ、まあ……確かに。しかし、ここを離れて良いものか……」


 マスターTは敵が残っている可能性を考えていたが、ファーレンハイトは強気に言った。


「構いません。早く行ってください」

「……分かった」


 彼はプロテクターを装着したまま部屋を後にする。


 それから間もなくして、黒い炎のエージェントたちがファーレンハイトとルクスのいる室内に駆けこんだ。

 ファーレンハイトは安心感からどっと疲れが出て意識がまどろみはじめた。


 エージェントたちの中にマスターIの姿がある。

 彼はルクスを見るや急いで駆け寄り、また彼女も彼に駆け寄って、強く抱きしめ合った。

 ファーレンハイトはぼんやり二人を見ながら、自分はケガをしているからああいう風に抱きしめ合うことはできないなと、何となく二人を羨ましく思いつつ深い眠りに落ちた。



 一つの大きな戦いが終わった。

 創設者マスターAことアーベルと規格外の存在ディエティー、二人の柱となる人物を失った血と涙は事実上の壊滅状態に陥った。

 かくして超人の存在は黒い炎に焼かれ闇に葬られる。

 だが、その脅威は影で語り継がれ、いかなる形であれ生き続けるだろう。

 哀れな超人たちの血と涙がこの組織を創り上げ、動かしていたことを忘却の彼方に追いやってはならない。

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