連戦

 吐き出す血もなくなったのか、マスターAは力なくうつむいて苦しそうに咳きこむだけになった。

 彼は懸命に息を整えて、かすれた声で話す。


「ディエティーがさらった二人は研究所の中だ」

「ああ」

「超人の子がいたな。彼女には幸せになってほしいものだ……」

「そうだな」

「組織の皆には悪かったと伝えておいてくれ。それとマスターBに……いや、何でもない。早く、楽に……」


 マスターTは無言で静かに頷くと、金属の刃を両手で持ち高く掲げる。

 彼はマスターAの背に刃を深々と突き立ててトドメを刺した。亡骸は瞬く間に灰となって風に散る。

 マスターTは片膝をついて、しばらくその場から動かなかった。



 彼は哀悼を捧げているのだとA・ファーレンハイトには分かった。これまで彼が殺した超人たちにしてきたのと同じように……。


 ディエティーは静かに立ち上がり、ファーレンハイトに言う。


「ZZZはABLの欠陥に救われたな。だが、俺は違うぞ。奴の程度は知れた。お前はそこで奴の死にざまを見届けると良い」


 彼は勝利宣言をして、モニターをつけたまま退室する。


 ファーレンハイトは一人室内に残され、ただモニターを見つめる。

 マスターTは生き残って、マスターAは死んだ。これを喜んで良いのか彼女には分からない。ただマスターTがディエティーに勝ってくれることを望む。



 モニターの中でマスターTがゆっくり立ち上がると、同時にディエティーが画面の端に映る。

 ディエティーはマスターTの前で朗々と語った。


「懐かしいだろう? ようこそ我らが誕生の地、魂のふるさとへ。よく来たZZZ」

「……誰だ?」

「俺はDDT。唯一の完成した超人」

「完成?」

「俺はお前たち欠陥だらけの失敗作とは違う。無限の力と永遠の命を持って生まれた、選ばれし存在だ。ZZZ、お前に恨みはないが、今ここで死んでもらう」

「なぜ」

「文句は俺たちを生み出した博士たちに言ってくれ。博士たちが言ったんだ。世界が欲しければお前を倒せと」

「どういう意味だ?」

「鈍い奴だな。俺が超人の王として人間どもを打ち倒し、この世界に君臨するってことだよ」


 彼の語る野望を聞くマスターTの表情は分からない。ただ短く答える。


「それだけか」

「感動が薄いな。もっと驚くとか怒るとか反応してみせろ。わざわざ説明したかいがない」

「どうして死に急ぐ」

「……お前は何を言っているんだ? 俺の話を聞いていなかったのか? 俺には無限の力と永遠の命がある。比喩でも何でもない、だ。死ぬのはお前だ」


 ディエティーは瞬時にマスターTの背後を捉え、彼の頭をフルフェイスのヘルメットの上からわし掴みにした。


「隙だらけだな。その兜がどれだけ頑丈か知らないが、俺には無意味だ。頭蓋を握り潰してやる」


 そのまま握り潰そうとするディエティーにマスターTは忠告する。


「手の方が先に壊れるぞ。超人の限界は人間の20倍を目安に設定されている。それ以上は体が持たない」


 彼のプロテクターはそれに耐えられるということだ。

 しかし、ディエティーは余裕の笑みを浮かべた。


「俺にそんな計算は通用しない。俺は無限の力を持つ真の超人だ。何度言っても理解できないなら、その身をもって知るが良い」


 マスターTの頭を掴む彼の手は、奇怪な輝きを帯びはじめる。

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