囚われの君 4

 マスターAは「ふう」と一息つくと、穏やかな声でA・ファーレンハイトに問う。


「分かってくれたかな?」

黒い炎組織では……ダメだったんですか? なぜあなたは一人で」


 彼女は真っ先にそう問い質した。

 マスターAは申しわけなさそうな顔で答える。


「皆を巻きこみたくなかった。大国を含む多くの国にケンカを売っては、小さな組織など一たまりもない。組織の皆は『人間』で『超人』ではないからな……。私個人ののために命を捨てろと言うことはできなかった」


 ファーレンハイトは何も言い返せなかった。

 仮に彼女がマスターの一人だったとして、事前に彼に相談されたら、まず止めようとする。どうか思い止まってくれと。

 おそらく他のマスターでも同じことを言うだろう。


 重苦しい空気を厭うように、マスターAは改めてファーレンハイトに問う。


「他に聞きたいことはないか?」


 彼女は少し考えて、まだいくつも聞きたいことがあったと思い出す。


「ここはどこですか?」

「全てがはじまった場所。H国に建設されたOOOの研究所……の跡地だ。私たちはここで生まれた」

「H国!?」


 マスターAの答えを聞いた彼女は、自分がG国からH国まで運ばれていることに驚いた。両国は現在ほとんど国交のない遠い国同士だ。

 ここに運びこまれるまでのそれなりに長い間、彼女は気絶していたことになる。


「どうして私たちをさらったのですか? 何の意味があって……」


 その質問にマスターAはゆっくりと首を横に振った。


「君たちを連れてきたのはディエティーの指示だ。私には彼の意図は分からない。少なくとも私は、君たちを仲間に引き入れようとか人質にしようなどとは思っていない」

「ディエティー……彼は何者なのですか?」

「一言でいうなら例外的な存在だ。彼は超人だが寿命を持たない。それが博士たちの狙いどおりなのか、それともただ偶然に誕生したのかは分からないが」


 ディエティーはA・ルクスやゼッドを失敗作呼ばわりしていた。

 しかし、超人の寿命が短いのは設計どおりで、そういう意味ではディエティーの方が失敗作かもしれない。それも超人は奴隷ではないという意識の表れなのかと、ファーレンハイトは哀れみを覚えた。


 彼女は新たな質問をする。


「血と涙が邪悪な魂と協力しているのは、どういうわけですか?」

「そんなつもりはない。OOOの博士たちと接触するために、一時的に接近しただけだ」

「博士たちと会って何を……?」

「超人にも希望はないかと思って……。結局、寿命を延ばすことも子孫を残すことも不可能だという厳しい現実を知らされただけだったが」


 マスターAはうつむいて答えた。


 超人でも人並みの幸せを得られるなら、もしかしたらテロ活動などせずに平穏に暮らしていたかもしれない。

 そう思うとファーレンハイトは悲しい気持ちになった。


「では、もう邪悪な魂とは縁を切るのですね?」

「ああ。彼らの野望に加担するつもりはない。ただ、ディエティーの思惑は分からないが」

「ディエティーはあなたの制御下にないということですか?」

「そうだ。彼は私たちとは違う。だが……いや、それで良いと思っている。自分のやりたいことがあるということは良いことだ」


 マスターAは隣のベッドで寝かされているA・ルクスに目をやる。


「彼女もそうであってほしい。たとえ残りわずかな命でも」


 そのまなざしは子を慈しむ親のようだった。

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