囚われの君 3
A・ファーレンハイトの手当てを終えた女性が退室すると、また入れ替わりにマスターAとゼッドらしき男性が入室した。
マスターAはファーレンハイトに言う。
「私が血と涙に所属している理由を聞きたがっていたな。その問いに答える前に、予備知識としていくつか話しておかなければならないことがある。少し長くなるが、構わないだろうか」
彼女は本音では長話を聞かされるのは嫌だと思っていたが、真剣な彼の顔を見て、ここでだだをこねてもしょうがないと静かに頷いた。
マスターAは頷き返して説明を始める。
「まず、これだけは断っておきたい。私は決して黒い炎に失望したわけでも、何か大きな不満があったわけでもない。全ては個人的な問題だ。帰ったら、他のマスターたちに伝えてくれないか? 何も言わずに出ていってすまなかったと」
彼はファーレンハイトの返事を待っていた。
ファーレンハイトの心には多くの疑問が湧いたが、今は彼の話を聞くことに集中した。
「分かりました」
「ありがとう。ところで、君は私が超人だと知っているか?」
「はい」
「では、超人とはどういうものか知っているかな?」
マスターAの問いに彼女は少し考えて答える。
「人間離れした力を持った……新しい人類」
「新しい人類とはどういう意味か分かるかな?」
「それは……人間を超越した存在……でしょう? 『新しい時代』のための……」
彼女は自分なりに持っている情報を総合して、超人が何のために生み出されたのか予想した。
しかし、マスターAは首を横に振る。
「君の理解は概ね正しい……けれども、一つ大きな勘違いをしている。超人は人間の『奴隷』なんだ」
「奴隷?」
「管理の容易な労働力としての奴隷さ。人間は奴隷としては非効率的だ。大人になるまで時間がかかり、働けなくなってからの人生も長い。何より同じ人間だから平等意識が働く。そんなうるさい連中より、もっと便利な奴隷としての人類を作ろう。そういう一部の人間たちの要求で私たち超人は生み出された。本当は『超人』などと名乗ることも許されない存在なんだ」
彼に超人の真実を告げられたファーレンハイトは戦慄した。
マスターAは語りを続ける。
「今の社会システムは大きな欠陥を抱えている。ごく少数の富裕層と多数の貧困層に分かれても、まだ働けない人間を養うために多くのコストが費やされる。それを解消するための超人。人間の労働者を減少させて、そっくり超人に置き換えようという計画があった。超人はそのためにデザインされた。成長は早く十数年で成人し、働き盛りの四十代で老いる前に寿命を迎える。決して長生きはできない。だから長い時間をかけて『実績』を作り、権力を構築する上流階級にはなれない」
「しかし、その計画は……」
「そう、超国家的超人機構――OOOの崩壊で一度は頓挫した。だが、まだ諦めの悪い連中がいる。死期が近いをことを悟った私は、似た境遇の超人たちを集めて『血と涙』を立ち上げ、愚かな計画を続けようとしている者たちに警鐘を鳴らそうと決めた。奴隷はいつまでも奴隷のままではないと」
「あなたが血と涙の創設者!? それで……各国でテロ活動を?」
「ああ、そうだ。攻撃対象は超人計画に関与した国と要人に限った。真相が明らかになれば、もう二度と誰も便利な奴隷を作り出そうとは思わないだろう」
彼の決意にファーレンハイトは何も言えなかった。
マスターAは短く作られた命の最後を、過ちを繰り返させないために使おうとしている。
それは正しいことのように思われて、口先で止めさせることはできないと彼女は感じた。
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