恐るべきもの 9
邪悪な魂の戦闘員ダイス・ロールを回収したディエティーは、小さくため息をついて思案する。
「はぁ……さて、どうしたものかな? こっちの用はすんだから、もう帰っても良いんだが」
そのまま帰ってくれるならそれに越したことはないと、A・ファーレンハイトは安堵していた。多くの死傷者を出した上にダイスを奪回されても、それだけですむのであればまだ安いと。
彼女はディエティーの気が変わらないことを心の中で願った。臆病者と見られても構わない。ここで無謀な行動に出ることはできない。
しかし、事はすんなりとは終わらない。廊下から大きな爆発音が聞こえ、建物全体が小刻みに震動する。
何が起こったのかファーレンハイトは気になったが、敵から目を離すわけにもいかず、その場から動けない。
一方でディエティーはお構いなしに廊下へと歩き出す。
「何ごとだ?」
彼が試験室から出ていった後、ファーレンハイトはA・ルクスに駆け寄った。
ルクスは完全に意識を失っているが、微弱ながら脈はある。
生きていたことは良かったが、彼女を起こして戦わせることはできないだろうと見切りをつけたファーレンハイトは、試験室から廊下の様子を窺いに向かった。
廊下ではマスターDとディエティーが対峙していた。お互いの距離は10mほど。
マスターDは故意か事故か、ゼッドとの戦闘中に本棟と監房部を隔てる厚いコンクリートの壁を破壊し、ここに繋がる大穴を開通させて現れたようだ。
そのゼッドは廊下の壁に叩きつけられて、座りこんだまま動かない。かなり大きなダメージを受けたのだろう。
マスターDの両手両足の装甲は青白い電光を帯びている。彼に外傷はほとんど見られず、戦闘でゼッドを圧倒していたと一目で分かる。
ディエティーはゼッドに目をやって呆れたように言った。
「お前もしょせんは失敗作か、
「老人扱いされるほど年を取ってはいないぞ」
マスターDは不敵な笑みを浮かべて、敵に正面を向けたまま仁王立ちの奇妙な構えを取る。よく見られるような相手に対して半身になる武術の構えではない。
しかし、いくら組織内で屈指の強さを誇る彼でも超人ディエティーには敵わないだろうと、ファーレンハイトは危惧していた。
彼女は必死の覚悟で叫び、マスターDに忠告する。
「マスターD、彼は超人です!」
マスターDは顔色一つ変えずに深く頷いた。相手が超人だと分かっても少しも怯まない。見えを張っているだけなのか、それとも勝算があるのか?
マスターDに続いて監房部から彼の部下たちが移動してこようとする。それをマスターDは途中で止めさせた。
「来るな! 君たちでは危険だ」
彼はディエティーを睨んだままで、部下のエージェントたちを制す。常人が超人との戦いに巻き込まれては一たまりもないと分かっているのだ。
エージェントたちは彼の指示どおりに引き下がる。
ディエティーはマスターDの行動に眉をひそめた。彼の顔には不愉快さと不可解さが表れている。
「お前一人なら何とかなるとでも言うのか?」
「そうだ」
「では、試させてもらおう……」
ディエティーは鷲掴みにしていたダイスから手を放し――次の瞬間には姿を消していた。
マスターDはそれとほとんど同時に両拳を打ち合わせ、激しい閃光を放つ。
「
彼の手甲と脚甲は発電能力を備えた電気兵器なのだ。
閃光の中でダイスの頭部が床に落ちて転がる音が響く。
いかに超人でも不意の閃光は防げず、ディエティーは一瞬だが眩しさに視界を奪われて怯んだ。
そこにマスターDは追撃をしかける。もう数m手前まで迫ってきていたディエティーに対して、電光石火の先制攻撃。
「
鳩尾に帯電した両拳を叩きこめば、電撃が体を貫き筋肉を萎縮させる。
感電したディエティーは体の動きが止まる。超人だろうが体を動かす仕組みは人間と大差ない。
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