恐るべきもの 4

 ゼッドと名乗った男はA・ファーレンハイトに言った。


「弱者をいたぶるのは趣味じゃない。おとなしくそこをどけ」

「何が目的だ!?」

「仲間を取り返しに来た」


 やはりそうかとファーレンハイトは思うも、その仲間の一人はもう死んでいる。彼女は正直に彼に事実を告げた。


「元マスターMなら死んだ」


 それを聞いたゼッドは大きなため息をつくと、右の拳を握り締めて胸に当て、大きく一度振り払った。同時に彼の右の手甲から40cmほどの鋭利な刃が飛び出してパタのようになる。


「そういうことをするのか……。こうなったら手ぶらで帰るわけにはいかんな」


 彼は黒い炎が捕虜を奪い返されないように殺害したのだと思い、仇討ちを決心したのだ。


 ファーレンハイトは効かない銃を下ろしてゼッドと相対した。話し合いの姿勢を見せることで、応援が来るまでの時間を稼げないかという考え。

 マクガフィンの死は組織の決定ではなくマスターEの独断だが、彼女は一般論で言いわけを試みる。


「奴は組織を裏切った。どちらにしろ裏切り者は生かしておけない。それはお前たちも同じだろう!」

「ご託は結構だ。俺は仲間を連れ戻すように言われた。それが不可能になったからには、代わりの土産を用意する」


 ゼッドはそう言うとファーレンハイトに向かって突進した。プロテクターに何らかの装置が組みこまれているのか、不自然な急加速。彼は右腕を前方に突き出して刃を彼女に向けた刺突の構えで、猛然と駆ける。


 その速度は確かに速いが、超人と比較すれば常識的な範囲で、反応もできる。

 ファーレンハイトはふわりと高く跳躍して刃をかわした。

 そして前方宙返り半ひねりからの空中での早撃ちという曲芸で、ゼッドの背面を射撃する。反動まで計算に入れた完璧な運動。

 首のつけ根に一撃、肩に一撃、腰に一撃、さらに膝の裏に一撃。

 しかし、全て弾かれてしまう。プロテクターには弱点が存在しない……。


 ゼッドが振り向くのとファーレンハイトが着地したのは、ほぼ同時。

 後退して距離を取ろうとする彼女に、ゼッドは再び刃を構えて突進する。


 その時ファーレンハイトの背後から声がかかった。


「A・ファーレンハイト、端に避けろ!」


 声に従い彼女が廊下の端に体を寄せると、後方から対物ライフル銃での援護射撃がある。

 生半可な攻撃はゼッドには効かないと彼女は考えていたが、射撃を受けた彼はよろめいて後退した。それでも彼のプロテクターは破損せず、どの程度中身にまで攻撃が効いているのか不明だが、質量の大きい高速の弾丸から受けたエネルギーを完全に無効化できるわけではないのだ。


 ゼッドが怯んだ隙にさらに後退するファーレンハイトとは逆に、ガントレットとソルレットを装備した戦闘服のマスターDが彼女とすれ違って飛び出す。


「A・ファーレンハイト、後は私に任せろ! 襲撃者はもう一人いる! 君は地上に戻ってマスターQたちの援護に向かえ!」


 マスターDはそう指示しながら、ゼッドと組み合って格闘をはじめた。

 相手が余程の達人でもない限り、接近戦でマスターDに負けはない。そういう信頼をエージェントたちは持っている。


「了解しました!」


 ファーレンハイトは言われたとおり、この場をマスターDと彼が率いる部隊に任せて、来た道を引き返した。

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