恐るべきもの 3

 とにかくもう死んでしまった人間はどうしようもないので、A・ファーレンハイトとA・ディストリクトは生きているマスターEを室内のベッドに運んで寝かせた。

 ディストリクトが緊張した面持ちで自らファーレンハイトに告げる。


「救急セットを持ってきます」


 彼は廊下に駆け出した。

 残ったファーレンハイトはマスターEの顔を見つめる。

 彼の表情は穏やかで、まるで死んだように眠っている。当人は復讐を果たして満足だろうが、周りはいい迷惑だと彼女は小さくため息をついた。


 直後、廊下で男の叫び声がする。ディストリクトの悲鳴だ。

 いよいよ敵がバリケードを突破してきたのかと、ファーレンハイトは開けっ放しのドアの陰から廊下の様子を窺った。

 カチャンカチャンと金属が打ち合うような奇妙な音が聞こえる……。


 数秒後に廊下の曲がり角から姿を現したのは、甲冑のように全身を覆うプロテクターを装備した人物だった。

 そのプロテクターのデザインがマスターTのものに酷似しているので、彼女は初めそのまま相手はマスターTではないかと疑い、動揺した。

 マスターTが裏切ったのか、それとも何か理由があるのか……いやいやNAの研究者を迎えた邪悪な魂なら同じものを持っていてもおかしくないというところまで思い至り、彼女は落ち着きを取り戻す。


 そして今の自分は拳銃しか持っていないことに気づいて、再び動揺した。

 押っ取り刀ならぬ押っ取り銃で駆けつけたものだから、まともな装備を持っていない。戦闘服を着て射撃訓練をしていたことは幸いだったが、武器はいつもの11mmのオートマが二丁とリボルバー「50-50」が一丁だけ。


 マスターTのプロテクターには小型ミサイルも通用しなかった。もし全く同じものだとしたら、拳銃ごときでは歯が立たない。拳銃以外でも効果があるのか怪しいところではある。

 まごまごしている内にもプロテクターの男はじりじりと近づいてくる。ファーレンハイトはすぐに決断しなければならなかった。

 このまま収容室に侵入されるのはまずい。自分一人だけなら隠れてやり過ごせるかもしれないが、マスターEが負傷して眠っている。

 自分から打って出るしかないと彼女は意を決した。


 A・ファーレンハイトは50-50を構えて収容室から飛び出すなり、相手のフルフェイスのヘルメットのバイザー部分を狙って一点集中で二連射した。

 そこが一番弱いだろうと踏んだのだ。

 プロテクターの男は反応こそしたものの銃弾を防ぐことはできなかった。しかし、銃弾は確かに二発ともバイザー部分に命中したが破損させるには至らない。

 それでも何とか弱点を探し出そうと、ファーレンハイトは腕や脚の関節部分を狙って銃撃を続行する。

 リボルバーの弾を使い切ったら、今度はオートマの拳銃に持ち替える。


「弾のムダだぞ。そんなオモチャでは何発撃ったところでかすり傷もつけられん」


 プロテクターの人物の警告に彼女は銃撃を一時中断した。攻撃が通用しなかったこともあるが、それだけでなくの声がマスターTに酷似していたためだ。


「マスターT!?」

「マスター? 何、俺のことか?」


 奇妙な間があり、二人は動きを止める。

 僅かな隙にファーレンハイトはリロードを終えて、再びプロテクターの男に銃口を向けた。


「お前は何者だ!!」

「……黒い炎には俺のオリジナルがいるんだったな。なるほど、お前はあいつの知り合いか? 知りたければ教えてやろう。俺は血と涙のゼッド。Z0号のクローン体、Z4号だ」


 彼の衝撃の発言に、彼女は言葉を失う。

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