裏切りの理由 5
重苦しい沈黙が続いた後に、マクガフィンは畏まって切り出した。
「ところで、物は相談なんだが……。俺をもう一度組織に加えてくれないか?」
何と図々しい男なのだとA・ファーレンハイトは呆れる。
あまりに無理な注文でマスターTも安請け合いはできない。
「私にそんな権限は……」
「分かってるよ。働きかけてくれるだけで良い。何もマスターに戻ろうとまでは思っちゃいない。俺を仲間にするメリットは大きいはずだ。血と涙や邪悪な魂の情報、欲しいだろ?」
情報が必要なのはそのとおりだが、あまりにも虫がよすぎる。
マクガフィンの要求は聞き入れられないだろうと、ファーレンハイトは決めつけていた。
しかし、マスターTは小さく頷く。
「やるだけやってみます。それで情報は――」
「早まるなよ。俺にとっては最後の取り引き材料、いわば命綱なんだ。そう簡単には言えない」
「……分かりました」
マクガフィンに断られた彼はすごすごと引き下がった。
本当に彼を信用するのかとファーレンハイトは目を見張り、ここで面会を打ち切ることになってでもマスターTに忠告したい衝動に駆られる。
嘘でも何でも良いからどうにかして情報を引き出すような狡猾さがマスターTにあるとは、彼女には思えない。このままでは相手の口車に乗せられるのではないかと心配になる。
いったん話が途切れて、再び沈黙が続いた。
マクガフィンはその間を嫌って、自らマスターTに話しかける。
「あー、誤解してほしくないんだが、俺を人の心がないサイコ野郎だと思わないでくれ。俺にはちゃんとした信念があって、そのために行動してるんだ。組織を裏切ったつもりはないし、だからこそ真剣に復帰を望んでいる」
そういう態度をサイコパスというのだとファーレンハイトは心の中で毒づく。酔っ払いが自分は酔っていないと主張するように、異常者は自分が正常だと主張するものだ。
マスターTは自分から質問することがなくなったのか、一度ファーレンハイトに振り向いた。
「何か聞いておくべきことはあるかな?」
「何を聞いても時間のムダでしょう」
彼女が冷徹に断じると、マクガフィンはおどけて肩を竦める。
「話せることなら話してやるんだがな。俺の個人的なことでも良いぜ」
それなら聞いてやろうとファーレンハイトは意地悪な気持ちで尋ねた。
「あなたはA国の元軍人だそうですが、どうして軍人を辞めたんですか?」
「こりゃまた昔のことを……そんなに知りたいか?」
「話せないようなことですか」
「つまらない話だが、知りたきゃ教えてやるよ。ムカつくクソ野郎の上官をぶっ殺したからさ」
笑って答えるマクガフィンに、とんでもない奴だと彼女は閉口する。
そんな彼女を見てマクガフィンはますます不敵に笑う。
「うだつの上がらない軍曹だったか伍長だったか、新兵いじめが趣味みたいな恥知らずでな。些細なことで因縁つけてグダグダ説教をたれ、裏では手下を使ってやりたい放題、ガキのいたずらみたいなくだらないことをやりやがる。さらには何人潰しただの自慢するような奴だったから、二度とふざけたことができないようにしてやったのさ」
「いじめられていた?」
ファーレンハイトが挑発するように問うと、彼はむきになって言った。
「俺が? やられてたのは見るからに頼りない貧弱くんさ。グズどもがテメエらだけで勝手にやってりゃ良いのに、俺にもやれと言うもんだからやってやった。クソ野郎のヘラヘラしてる横っ面に一発。ついでに取り巻きどもにも。何人かはそのまま永遠にお寝んね。後で軍法会議にかけられたんであることないこと吹いてやったよ。めでたく俺は
やけ気味に語る彼を見て、当時のマスターたちはよく彼を組織に迎え入れたものだと、ファーレンハイトは小さなため息をつく。
しかもマスターにまでするとは、それほどの実力があったのだろうか?
あるいは良くも悪くも自分を貫く一途さを買われたのか?
どちらにしても彼はサイコパスだと彼女は確信を深めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます